肩甲骨前面から前外側へ突出する烏口突起に生じる骨折(本サイト分類コード 14-C6)。烏口突起は烏口鎖骨靱帯(conoid・trapezoid)・烏口肩峰靱帯 が付着し、上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の起始、小胸筋の停止 を担う、上肢帯懸架複合体(SSSC)の前方支柱である。
【分類コードについての注記】 本記事のコード「14-C6」は、SurgiLink Atlas が肩甲骨突起部骨折をセグメント(14)のC群に整理したサイト内の分類コード であり、AO/OTA の公式コードではない。臨床上の分類は Ogawa 分類と Goss の SSSC 理論に基づく。骨折線が烏口鎖骨靱帯付着部より遠位(先端側)にあれば比較的安定で保存療法が主体 となり、付着部より近位(基部側)の骨折は多様な肩損傷を合併して肩甲骨と鎖骨の連結が破綻しやすく、その場合は手術固定を考慮 する[1] 。関節内への骨折線の広がりはCTで評価する[3] 。肩鎖関節脱臼が最も多い合併損傷で、鎖骨遠位端骨折・関節窩上部の骨折なども合併する[1] 。
重症度・疫学
発生頻度: 肩甲骨骨折は全骨折の1%未満[4] 。烏口突起骨折は肩甲骨骨折の約2〜5%[3] で、3〜13%とする報告もある[1]
好発: 男性に多い(67例中男性55例・女性12例、平均37.1歳)。受傷原因は交通事故・転落が多い[1]
受傷機転: 烏口突起への直達外力、付着する腱・靱帯の牽引による裂離(肩鎖関節脱臼時の烏口鎖骨靱帯を介した裂離を含む)、上腕骨頭への側方からの打撃などによる剪断力[3] 。肩鎖関節脱臼との合併が最も多い[1]
合併損傷頻度: 肩甲骨骨折の約90%に他部位損傷を伴う[4] 。烏口突起骨折では肩鎖関節脱臼 が最も多い合併損傷で、鎖骨遠位端骨折 の合併もある[1]
参考分類: Ogawa 分類(Type I:烏口鎖骨靱帯付着部より近位=基部側/関節窩上部に及ぶものを含み、肩甲骨と鎖骨の連結を破綻させうる、Type II:付着部より遠位=先端側・小胸筋腱付着部/比較的安定)[1] /Goss の SSSC 理論[2]
注意すべき合併症
肩鎖関節脱臼・鎖骨遠位端骨折の合併:SSSCの二重破綻は不安定な状態をつくりやすく、長期の癒合・機能に悪影響を及ぼす[2]
骨片の転位:靱帯付着部より近位(Ogawa I)の骨折では上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の牽引で骨片が遠位外側へ大きく転位する
偽関節・遷延癒合:転位を残したまま保存した場合に生じ、残存疼痛・筋力低下の原因となる
神経血管損傷:烏口突起内側を腕神経叢・腋窩動静脈が走行し、大転位例・鋭的損傷例では損傷リスクがある
上腕二頭筋短頭機能障害:転位癒合で肘屈曲・前腕回外の軽度筋力低下を生じうる
見逃し:一見合併症のない骨折でも関節内への進展を見逃さないよう、術前に慎重に評価する[3]
治療方針
治療方針は烏口鎖骨靱帯付着部に対する骨折線の位置(Ogawa分類) と、肩鎖関節・鎖骨などの合併損傷による肩甲骨と鎖骨の連結の破綻の有無で決定する。靱帯より遠位(Ogawa II)は保存、靱帯より近位(Ogawa I)で多発する肩損傷により肩甲骨と鎖骨の連結が破綻した例は手術 が基本方針である[1] 。
⚠️ 保存療法の適応条件(第一選択)
→ 骨折線が烏口鎖骨靱帯より遠位(Ogawa type II・先端側)で骨片が安定し転位が軽度な例 → 肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折による肩甲骨と鎖骨の解離を伴わない例[3] → 三角巾(broad-arm sling)で固定し、疼痛に応じて早期から肩の自動運動を始める[3] → 固定期間中は経過観察X線(必要に応じCT)で転位増悪がないか確認する → 烏口鎖骨靱帯より遠位(Ogawa type II)の骨折は、三角巾と早期理学療法で大多数が優れた成績を得るため手術を要しない[1]
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 骨折線が烏口鎖骨靱帯より近位(Ogawa type I・基部側)で、多発する肩損傷により肩甲骨と鎖骨の連結が破綻した例[1] ℹ 上肩懸垂複合体(SSSC)の二重破綻で、転位が許容できない例[2] ℹ 烏口突起基部の骨折が肩甲骨体部または関節窩に及ぶ例(Eyres type IV・V)[3] ℹ 症候性偽関節(保存療法後も疼痛・筋力低下が残存する陳旧例) ℹ 主な術式:前方(三角胸筋間)アプローチによる観血的整復+スクリュー固定(malleolar screw・海綿骨スクリュー)[1] [3] ℹ 肩鎖関節脱臼合併例では、合併損傷が肩鎖関節の亜脱臼・脱臼のみなら、肩鎖関節脱臼単独と同じ治療を行う[1]
治療選択アルゴリズム — Ogawa分類・前方SSSC評価による保存/手術の選択
診断・評価
肩前方(烏口突起部)の限局性圧痛・腫脹、肩関節運動時痛、上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の抵抗運動での疼痛を呈する。単純X線では45°頭側に傾けた coracoid view が通常の正面像より描出に優れ、基部骨折では関節内への骨折線の広がりをCTで確認する [3] 。肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折を認めた際は烏口突起骨折の合併を念頭に評価する。
14-C6の診断ポイント:烏口鎖骨靱帯付着部に対する骨折線の位置(Ogawa分類)と、肩鎖関節・鎖骨の合併損傷(前方SSSC破綻)
骨折線が烏口鎖骨靱帯付着部より近位(Ogawa I)か遠位(Ogawa II)か を判定し、基部骨折では関節内への広がりをCTで確認する[3]
肩鎖関節脱臼・鎖骨遠位端骨折の合併 → 前方SSSC二重破綻を評価する
大転位例では腕神経叢・腋窩血管の神経血管評価を行う
X線・axillary view — 烏口突起骨折の評価(描出困難なためCTを併用)
3D-CT — 骨折線と烏口鎖骨靱帯付着部の位置関係・転位量評価
【必須】 肩甲骨3方向X線(true AP・scapular Y・axillary view)、胸部X線(気胸・肋骨骨折評価)
【考慮】 CT:烏口突起骨折の確定診断・Ogawa分類・関節窩関与・肩鎖関節評価。三次元再構成は、スライス厚(4 mm)や骨折線とスキャナーの向きによっては骨折線が明瞭に描出されない[3] 。神経血管障害が疑われる場合は神経学的評価を行う
✅ 保存療法継続の目安
✓ 骨折線が烏口鎖骨靱帯より遠位(Ogawa type II)で骨片が安定 ✓ 先端・中央部・基部に限局した骨折(Eyres type I〜III)は、転位の有無にかかわらず保存療法で治療できる[3] ✓ 肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折による肩甲骨と鎖骨の解離を伴わない[3] ✓ 経過観察X線・CTで転位増悪を認めない
❌ 許容されない変形(手術適応となる所見)
✕ 骨折線が烏口鎖骨靱帯より近位(Ogawa type I)で、多発する肩損傷により肩甲骨と鎖骨の連結が破綻[1] ✕ 上肩懸垂複合体の二重破綻で転位が許容できない[2] ✕ 烏口突起基部の骨折が肩甲骨体部または関節窩に及ぶ(Eyres type IV・V)[3] ✕ 症候性偽関節(疼痛・筋力低下の残存) ✕ 腕神経叢・腋窩血管損傷の見落とし
手術手技
体位
手術体位 — ビーチチェア体位(前方アプローチ)
ビーチチェア体位: 烏口突起への前方(三角胸筋間)アプローチが行いやすい半坐位を用いる。透視で整復位とスクリュー位置を確認できるよう設定し、腋窩枕で神経血管を保護する。肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折を併せて固定する場合は同一体位で鎖骨側にもアクセスできるよう準備する。
前方(三角胸筋間)アプローチによる整復・スクリュー固定 — 第一選択
適応: 烏口鎖骨靱帯より近位(Ogawa I)で、多発する肩損傷により肩甲骨と鎖骨の連結が破綻した骨折[1] 、上肩懸垂複合体の二重破綻で転位が許容できない例[2] 、肩甲骨体部または関節窩に及ぶ骨折(Eyres type IV・V)[3] 、症候性偽関節例。
前方アプローチ — 三角胸筋間から烏口突起を展開
皮膚切開: 烏口突起を中心とした三角胸筋間(deltopectoral)切開。橈側皮静脈を外側または内側に避けて三角筋・大胸筋間を展開する
展開: 烏口突起、上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の共同腱起始、烏口鎖骨靱帯付着を確認する。烏口突起内側の腕神経叢・腋窩血管を確認し牽引・圧迫から保護する
整復: 骨折部の血腫・介在軟部組織を除去し、共同腱牽引による遠位外側転位を整復して点状整復鉗子で暫定固定する
固定: 烏口突起骨折をスクリューで固定する(マレオラースクリューとワッシャー[1] 、海綿骨スクリュー[3] )。烏口突起基部から肩甲骨体部へ挿入する場合は関節窩を穿破しないよう注意し、関節窩に及ぶ骨折では関節内の骨折を正確に整復してから烏口突起を固定する[3]
合併損傷の処理: 肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折を合併する場合は、烏口突起の固定に加えて肩鎖関節または鎖骨を固定する(経皮ピン固定[1] 、鎖骨のプレート固定[3] )。合併損傷が肩鎖関節の亜脱臼・脱臼のみの場合は、単独の肩鎖関節脱臼と同じ治療とする[1]
偽関節例: 硬化した骨折端を新鮮化し骨移植を併用してスクリュー固定する
最終確認: 透視で整復位・スクリュー長・関節面非穿破を確認し、肩関節・肘関節を他動運動させて固定安定性を確認する
⚠️ ピットフォール
✕ 腕神経叢・腋窩血管損傷 — 烏口突起内側の展開・整復時に最も起きやすく、確実な視認と保護が必須 ✕ 共同腱牽引の残存 — 上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の牽引を制御しないと整復位が保持できない ✕ スクリューの関節面・肩甲切痕穿破 — 基部固定時にスクリュー方向・長さを透視で厳重に確認する ✕ 二重破綻の見落とし — 上肩懸垂複合体の損傷では二重破綻の有無を画像で評価し、転位が許容できなければ1か所以上を整復・固定する[2] ✕ 診断の見落とし — 一見合併症のない骨折でも関節内への進展を見逃さないよう、術前に慎重に評価する[3]
術後管理
術後X線像・CT — スクリュー位置・整復位・関節面の確認
手術タイミング: 全身状態・合併損傷(気胸・神経損傷)の処置を優先し、腫脹が軽減した受傷後5〜10日を目安に待機的に施行する。神経血管損傷合併時は緊急対応を要する。
術後荷重: 術後は三角巾で固定し患肢に荷重しない。上腕二頭筋短頭・烏口腕筋の牽引を避けるため、肘の抵抗屈曲・前腕回外は骨癒合が進むまで制限する。内固定例では3週間の他動訓練の後に肩の自動運動を始め、9週で肩の全可動域を回復した例がある[3] 。
VTE予防: 多発外傷・長期臥床・下肢合併損傷を伴う例では静脈血栓塞栓症の予防を検討する。
疼痛管理: 急性期は三角巾固定と鎮痛薬で疼痛を管理する。
リハビリテーション: 肩関節拘縮予防が最大目的。疼痛軽減後、他動的可動域訓練を早期に開始する。ただし共同腱起始部の保護のため肘屈曲・前腕回外の抵抗運動は骨癒合進行に合わせて段階的に進める。
フォローアップ
術後2週: 創部確認・X線(整復位維持・スクリュー位置)
術後6週: X線またはCT(仮骨形成・骨癒合開始)・肩肘関節可動域評価
術後3ヶ月: X線またはCT(骨癒合・偽関節の有無判定)・筋力評価(肩外転・肘屈曲・前腕回外)・復帰検討
術後6〜12ヶ月: 最終機能評価(Constant Score・DASH)、偽関節・肩鎖関節安定性の長期評価
神経血管障害合併例は経時的に神経学的評価・筋電図で回復を評価する
予後
保存療法:烏口鎖骨靱帯遠位(Ogawa II)の単独・低転位例では良好な癒合と機能回復が得られることが多い
手術例:Ogawa I の大転位例・前方SSSC二重破綻例でも、適切な整復固定が得られれば良好な機能回復が期待できる
骨癒合率(内固定例):おおむね良好。保存療法でも、転位の有無にかかわらず先端・中央部・基部の骨折(Eyres type I〜III)は良好に治療できる[3]
上腕二頭筋短頭機能:共同腱牽引を制御した整復・固定と段階的リハビリで筋力は良好に回復する
神経血管損傷合併例:予後は損傷の程度に依存し、早期の適切な対応が機能回復を左右する
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(14-C6 = 肩甲骨・烏口突起骨折) 2 骨折線と烏口鎖骨靱帯付着部の位置関係をCTで確認(Ogawa I=近位で肩甲骨と鎖骨の連結を破綻させうる・II=遠位で連結を乱さない)[1] 3 肩鎖関節脱臼・鎖骨骨折の合併を確認(上肩懸垂複合体の二重破綻の評価)[2] 4 骨片の転位量と、骨折の肩甲骨体部・関節窩への進展の有無を評価(Eyres 4型・5型)[3] 5 腕神経叢・腋窩血管の神経血管評価(大転位例) 6 胸部合併損傷(肋骨骨折・気胸・血胸)の対処状況を確認 7 保存/手術の方針と、手術の場合の固定法・合併損傷処置を確認
文献
Ogawa K et al.(1997)Fractures of the coracoid process. J Bone Joint Surg Br, 79(1):17–9. PMID: 9020438
Goss TP(1993)Double disruptions of the superior shoulder suspensory complex. J Orthop Trauma, 7(2):99–106. PMID: 8459301
Eyres KS et al.(1995)Fractures of the coracoid process. J Bone Joint Surg Br, 77(3):425–8. PMID: 7744929
Zlowodzki M et al.(2006)Treatment of scapula fractures: systematic review of 520 fractures in 22 case series. J Orthop Trauma, 20(3):230–3. PMID: 16648708
Bartonicek J(2015)"Scapular fractures". Rockwood and Green's Fractures in Adults. 8th ed. Wolters Kluwer, 1475–501.
水掫貴満(2008)肩甲骨骨折の治療. MB Orthop, 21(10):17–24.