肩甲棘の外側延長部で肩鎖関節を形成し、烏口肩峰アーチの後方屋根を成す肩峰に生じる骨折(本サイト分類コード 14-C5)。肩峰は三角筋中部線維の起始部 であり、肩関節を体幹に懸架する上肢帯懸架複合体(SSSC) の一構成要素でもある。同側肩甲帯の合併損傷が多い [1] ため、Goss の SSSC 理論に基づき安定性を評価して治療を選択する。転位が肩峰下腔を狭小化させる型(Kuhn type III)は、保存療法で全例に疼痛を伴う著明な可動域制限が生じ、早期の手術が適応となりうる [1] 。診断では骨性変異である肩峰骨(os acromiale) との鑑別が重要である。
【分類コードについての注記】 本記事のコード「14-C5」は、SurgiLink Atlas が肩甲骨突起部骨折を鎖骨セグメント(14)のC群に整理したサイト内の分類コード であり、AO/OTA の公式コードではない。AO/OTA 命名法で「C」は完全関節内型を指すが、肩峰骨折は本来関節外骨折 である。臨床上の分類は Kuhn 分類と Goss の SSSC 理論に基づく。
重症度・疫学
発生頻度: 肩甲骨骨折は全骨折の1%、肩峰骨折はそのうち9%を占める[1]
好発: 20〜50歳代の男性(交通事故・転落・スポーツ外傷)。近年はリバース型人工肩関節(RSA)後の肩峰疲労骨折としても報告される
受傷機転: 最も多い型(Kuhn type IB)は肩峰への直達外力で生じ、多発外傷に伴うことも、肩峰単独の骨折として生じることもある[1]
合併損傷頻度: 肩甲骨骨折は高エネルギー外傷で生じることが多く、約90%に合併損傷を伴う[4]
参考分類: Kuhn 分類(Type I:無〜軽度転位、Type II:転位あるが肩峰下腔は保たれる、Type III:下方転位した肩峰、または上方転位した同側関節窩頸部骨折の合併により肩峰下腔が狭小化)[1] /Goss の SSSC 理論
注意すべき合併症
肩峰下インピンジメント:転位により肩峰下腔が狭小化(Kuhn III)すると腱板と衝突し挙上時痛・可動域制限をきたす
偽関節(nonunion):外傷性肩峰骨折の偽関節の多くは無痛だが、疼痛が続く偽関節は内固定で治療された例がある[1]
SSSC二重破綻:転位が許容できない場合は、1か所以上の損傷部を手術で整復・固定する必要がある[2]
三角筋機能障害:中部線維起始部の転位癒合で外転筋力低下をきたしうる
神経・腕神経叢損傷:転位のある Kuhn type II・III では、肩甲帯・胸部・肩鎖関節の損傷とともに神経・腕神経叢損傷の合併がみられた[1]
外傷後肩関節拘縮:疼痛による固定期間延長で生じやすく早期リハビリで予防する
胸部合併損傷(肋骨骨折・気胸・血胸):Kuhn らの肩峰骨折27例中7例に肋骨骨折があり、しばしば血胸・気胸を伴った[1]
治療方針
大多数は保存療法で対応可能である。肩峰下腔の狭小化(Kuhn分類)、SSSC他部位破綻の有無、転位量の3点で手術適応を判断する。転位が肩峰下腔を狭めない例(Kuhn I・II)は保存、肩峰下腔を狭小化させる例(Kuhn III)や転位が許容できないSSSC二重破綻例は手術 が基本方針である[1] [2] 。本項は急性外傷性骨折を対象とし、リバース型人工肩関節(RSA)後の肩峰ストレス骨折は別カテゴリ (初期は保存的管理が基本で固定は難渋しやすい)として区別する。
⚠️ 保存療法の適応条件(第一選択)
→ 軽度転位(Kuhn type I)、または上方・前方・外側への転位があっても肩峰下腔が保たれる例(Kuhn type II)[1] → SSSCが単一破綻にとどまり上肢帯の安定性が保持されている例 → 三角巾または外転スリング固定 2〜4週 → 疼痛軽減後に段階的可動域訓練へ移行 → 固定期間中は経過観察X線で転位増悪・肩峰下腔狭小化がないか確認する → 無症候性偽関節は経過観察でよい場合が多い
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 転位により肩峰下腔が狭小化する例(Kuhn type III)→ 肩峰下インピンジメント回避のため整復・固定 ℹ SSSC二重破綻で転位が許容できないもの(1か所以上の損傷部を手術で整復・固定する)[2] ℹ 疼痛の続く偽関節(観血的整復内固定の適応となりうる)[1] ℹ 第一選択:後上方アプローチによるテンションバンドワイヤリングまたはプレート/スクリュー固定 ℹ O'Donoghue は骨片が½インチ未満なら切除、それより大きければ観血的整復内固定を検討するとしている[1] ℹ 偽関節例では骨移植併用の内固定を考慮する
治療選択アルゴリズム — Kuhn分類・SSSC評価による保存/手術の選択
診断・評価
肩峰上の限局性圧痛・腫脹・皮下出血、挙上時痛を呈する。肩甲骨骨折は多発外傷に紛れて見逃されやすく、高エネルギー外傷では胸部・肩甲帯を含めたCTで系統的に評価する。単純X線(true AP・scapular Y・axillary view)に加え、肩峰の描出にはaxillary viewが有用である。CT(3D再構成含む)で骨折型・肩峰下腔・他部位合併を評価する。
14-C5の診断ポイント:肩峰の転位量と肩峰下腔の狭小化、SSSC他部位破綻、および肩峰骨(os acromiale)との鑑別
Kuhn分類で肩峰下腔の狭小化(type III)の有無を評価する
肩峰骨(os acromiale) は肩峰骨化核の癒合不全による別骨で、両側性は62%である。骨折の鋭く不整な縁と異なり、分離線が平滑で縁が丸い ことで骨折と区別する[1]
鎖骨・肩鎖関節・関節窩の合併損傷を確認しSSSC破綻を評価する
X線 — 肩甲骨正面・axillary viewによる肩峰骨折・肩峰下腔の評価
CT・3D-CT — 骨折線・転位・肩峰下腔狭小化・os acromiale鑑別
【必須】 肩甲骨3方向X線(true AP・scapular Y・axillary view)、胸部X線(気胸・肋骨骨折評価)
【考慮】 CT(3D再構成含む):骨折パターン・肩峰下腔・SSSC評価、os acromialeとの鑑別。腱板損傷が疑われる場合はMRI
✅ 保存療法継続の目安
✓ 軽度転位(Kuhn type I)、または上方・前方・外側への転位があっても肩峰下腔が保たれる(Kuhn type II)[1] ✓ SSSCが単一破綻にとどまり上肢帯の安定性が維持されている ✓ 三角筋起始部の連続性が保持され肩外転力が維持されている ✓ 経過観察X線で転位増悪・肩峰下腔狭小化を認めない
❌ 許容されない変形(手術適応となる所見)
✕ 転位による肩峰下腔の狭小化(Kuhn type III・肩峰下インピンジメント) ✕ SSSC二重破綻で、転位が許容できないもの[2] ✕ 症候性偽関節(疼痛の続く偽関節は観血的整復内固定の適応となりうる)[1] ✕ 肩峰骨(os acromiale)を骨折と誤認した不要な固定
手術手技
体位
手術体位 — ビーチチェア体位または側臥位(後上方アプローチ)
ビーチチェア体位または側臥位: 肩峰への後上方アプローチが行いやすい体位を選択する。透視で整復位とインプラント位置を確認できるよう設定し、腋窩枕で神経血管を保護する。合併する鎖骨骨折を先行固定する場合は仰臥位で鎖骨ORIFを行った後に体位を調整する。
後上方アプローチによる整復・内固定 — 第一選択
適応: 肩峰下腔を狭小化させる転位(Kuhn III)、SSSC二重破綻を伴う不安定例、症候性偽関節例。
後上方アプローチ — 三角筋を分けて肩峰・肩鎖関節を展開
皮膚切開: 肩峰上を後方から前方へ、肩甲棘外側〜肩鎖関節に沿って切開する
展開: 三角筋の肩峰付着を骨膜下に愛護的に剥離し、肩峰と骨折部を露出する。三角筋起始部の連続性を可能な限り温存する
整復: 骨折部の血腫・介在軟部組織を除去し、点状整復鉗子とキルシュナーワイヤーで整復・暫定固定する。肩峰下腔が回復していることを透視で確認する
固定(小骨片): キルシュナーワイヤー+テンションバンドワイヤリングで固定する
固定(基部の大骨片): 肩峰・肩甲棘に沿って小径プレートまたは再建プレートを設置し、スクリューで固定する
偽関節例: 硬化した骨折端を新鮮化し、腸骨または局所骨移植を併用して内固定する
最終確認: 透視で整復位・肩峰下腔・スクリュー長・インプラント位置を確認し、肩関節を他動運動させて固定安定性を確認する
⚠️ ピットフォール
✕ os acromialeの誤認 — 正常変異を骨折と誤って固定しないよう、辺縁が平滑で丸い(骨折は鋭く不整)ことを手がかりに鑑別する(os acromialeの両側例は62%)[1] ✕ 三角筋起始部の過剰剥離 — 外転筋力低下の原因となるため付着の温存に努める ✕ 肩峰下腔の整復不良 — Kuhn type III の成績不良は、おそらく骨片による肩関節運動の機械的制限や、肩峰下腔の狭小化によるインピンジメントによる[1] ✕ 薄い骨での固定不良・関節面穿破 — 肩峰は菲薄でスクリュー保持力・肩鎖関節穿破に注意する ✕ SSSC二重破綻の見落とし — 画像で二重破綻の有無を慎重に評価し、転位が許容できなければ1か所以上の損傷部を整復・固定する[2]
術後管理
術後X線像 — インプラント位置・整復位・肩峰下腔の確認
手術タイミング: 全身状態・合併損傷(気胸・神経損傷)の処置を優先し、腫脹が軽減した受傷後5〜10日を目安に待機的に施行する。多発外傷では初期外傷対応の完了を待つ。
術後荷重: 術後0〜2週は三角巾固定・患肢免荷(振り子運動は疼痛に応じて早期から可)。術後2〜4週で肘・前腕・手指の自動運動と肩の他動的可動域訓練を開始。術後6週以降に固定性・仮骨形成を確認して自動運動へ移行し、骨癒合確認後(術後3〜4ヶ月)に筋力強化と重作業を許可する。三角筋起始部の保護のため外転筋の抵抗運動は骨癒合進行に合わせて慎重に進める。
VTE予防: 上肢単独手術では下肢DVTリスクは低いが、多発外傷・長期臥床・下肢合併損傷例ではリスクに応じて予防を行う。
疼痛管理: 鎮痛薬で急性期の疼痛を管理する。
リハビリテーション: 肩関節拘縮予防が最大目的。疼痛軽減後、できるだけ早期(受傷/術後2週以内)に振り子運動・他動的挙上訓練を開始する。三角筋・肩甲骨周囲筋の筋力強化は骨癒合の進行に合わせて段階的に行う。
フォローアップ
術後2週: 創部確認・X線(整復位維持・肩峰下腔・インプラント位置)
術後6週: X線(仮骨形成・骨癒合開始)・肩関節可動域評価(挙上・インピンジメント徴候)
術後3ヶ月: X線またはCT(骨癒合・偽関節の有無判定)・筋力評価・復帰検討
術後6〜12ヶ月: 最終機能評価(Constant Score・DASH)、偽関節・肩峰下インピンジメントの長期評価
腱板障害が疑われる場合はMRI・エコーで評価する
予後
保存療法:Kuhn IB型の多くは保存療法で癒合し、II型(外側・上方・前方への転位で肩峰下腔を狭めない)の多くは保存療法6週で疼痛なく全可動域に回復する[1]
肩峰下インピンジメント:保存療法を行った Kuhn type III は全例で疼痛を伴う著明な可動域制限をきたし、早期の手術が適応となりうる[1]
偽関節:肩峰・肩甲棘は体部より偽関節率が高いが、無症候であれば機能予後は良好なことが多い
骨癒合率(内固定例):おおむね良好だが、薄い骨・粉砕例では固定不良・再偽関節に注意
SSSC二重破綻合併例:外傷性の二重破綻はしばしば不安定な状態を生じ、長期の治癒と機能に悪影響を及ぼす[2]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 サイト内分類コードを確認(14-C5 = 肩甲骨・肩峰骨折) 2 Kuhn分類で肩峰下腔の狭小化(type III)の有無を評価 3 肩峰骨(os acromiale)との鑑別を確認(両側性・平滑境界・axillary像) 4 鎖骨・肩鎖関節・関節窩の合併損傷を確認(SSSC二重破綻の評価) 5 胸部合併損傷(肋骨骨折・気胸・血胸)の対処状況を確認 6 保存/手術の方針と、手術の場合の固定法(テンションバンド/プレート)を確認
文献
Kuhn JE et al.(1994)Fractures of the acromion process: a proposed classification system. J Orthop Trauma, 8(1):6–13. PMID: 8169698
Goss TP(1993)Double disruptions of the superior shoulder suspensory complex. J Orthop Trauma, 7(2):99–106. PMID: 8459301
Ada JR, Miller ME(1991)Scapular fractures. Analysis of 113 cases. Clin Orthop Relat Res,(269):174–80. PMID: 1864036
Zlowodzki M et al.(2006)Treatment of scapula fractures: systematic review of 520 fractures in 22 case series. J Orthop Trauma, 20(3):230–3. PMID: 16648708
Bartonicek J(2015)"Scapular fractures". Rockwood and Green's Fractures in Adults. 8th ed. Wolters Kluwer, 1475–501.
水掫貴満(2008)肩甲骨骨折の治療. MB Orthop, 21(10):17–24.