肩甲骨関節窩(glenoid fossa)を通る完全関節内骨折の単純型 (AO分類14-C1)。骨折線が関節窩全体を横断し関節面を完全に分断するが、骨片数が少なく粉砕のない形態を指す。上肢の軸力・転倒・肩関節脱臼に伴う剪断力 が主な受傷機転で、関節面の転位量と骨頭中心化(glenohumeral stability)の維持が治療の鍵となる。転位が大きい場合には骨頭半脱臼や慢性不安定性・変形性肩関節症に進展しやすく、早期手術で関節面を解剖学的に復元することが機能予後を左右する。
重症度・疫学
発生頻度: 肩甲骨骨折は比較的稀で全骨折の0.4〜1%を占め、多くは多発外傷患者にみられ、大きな外力によって起こる[1] 。
好発: 肩甲骨骨折520例の系統的レビューで患者の平均年齢は38歳[3]
受傷機転: 肩甲骨の単独損傷は後方からの直達外力で起こる。関節窩前縁・後縁の骨折は通常、肩関節脱臼・亜脱臼の結果として生じる(bony Bankart lesion)[1]
合併損傷頻度: 肩甲骨骨折は典型的に高エネルギー外傷後に生じ、患者の約90%に合併損傷を伴う[3]
注意すべき合併症
腋窩神経損傷:疑われる場合は筋電図で損傷の有無を判定する[1]
上腕神経叢損傷
鎖骨骨折:肩甲骨骨折の25%に合併する[1]
動揺胸郭・血胸・気胸・肺挫傷・鈍的大動脈損傷など致命的な損傷の合併を考慮する[1]
肩甲上神経損傷:損傷部位により棘上筋・棘下筋の両方の萎縮(棘窩切痕上)または棘下筋単独の萎縮が起こり、筋力と回旋可動域が低下する[1]
外傷後の関節症:転位(5 mm以上)した関節窩骨折には、関節面の適合性を修復して外傷後の関節症を防ぐためORIFを勧める文献が多い[1]
慢性肩関節不安定性
治療方針
⚠️ 保存療法の適応条件
→ 転位5 mm以上の関節窩骨折にはORIFを勧める文献が多いが、手術適応は骨片の転位・患者の年齢と活動性・合併症・術者のスキルによって決定する[1] → 手術を行った場合は関節面の適合性を修復して外傷後の関節症を防ぐ[1] → 骨折の内反傾斜(medialization)が10mm未満の場合 → 転位した関節内骨折でも上腕骨頭の求心性が保たれている場合(Idebergの推奨)[1] → 内科的な既往歴を有し、活動的な生活を送っていない高齢患者[1]
転位(5 mm以上)した関節窩骨折に対しては、関節面の適合性を修復し外傷後の関節症を防ぐためにORIFを勧める文献が多い[1] 。
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 転位5 mm以上の関節窩骨折(関節面の適合性を修復し外傷後の関節症を防ぐためORIFを勧める文献が多い)[1] ℹ 上腕骨頭の亜脱臼を伴う関節窩縁骨折(手術適応とする報告がある)[5] ℹ 上腕骨頭の脱臼を伴う関節窩窩部の骨折(転位量を問わず手術適応とする報告がある)[5] ℹ 進入法:CT上の骨折形態により上方進入法か後方進入法(Judet)を選択し、関節面の骨片は2.7 mmか3.5 mmのラグスクリューで固定する[1] ℹ 前方(三角筋大胸筋間)進入法:関節窩前縁・下縁の骨折に用いる[1] ℹ 関節鏡補助下ORIF:小骨片・熟練施設では選択肢 ℹ 手術は内因性の手術リスクが低い活発で健康な患者に適用し、内科的な既往歴を有し活動的でない高齢患者には保存加療が最適とされる[1]
治療選択アルゴリズム
診断・評価
X線は正面像・スカプラY像・軸射像の3方向で評価し、関節窩骨折が疑われた場合はCTで骨片の数や大きさ、関節面の転位を評価する。術前計画には三次元再構築CTが普及しており、合併の少なくない鎖骨骨折の評価も忘れない[1] 。
14-C1の診断ポイント:骨折線が関節窩全体を横断し骨頭支持を喪失しているか
上下方向の完全横断骨折(transverse split)が最多
glenopolar angle(GPA)の低下:保存的治療例ではGPAの低い患者(特に<20°)でConstant scoreが低い[1]
鎖骨・AC関節損傷の有無(フローティングショルダー評価)
X線正面像 — 関節窩骨折・骨頭位置の評価
CT横断像・冠状断像 — 骨折線・転位量・骨頭中心化の評価
【必須】 肩関節X線3方向(正面像・スカプラY像・軸射像)と、合併の少なくない鎖骨骨折の評価[1]
【考慮】 CT(可能であれば三次元再構築CT):骨片の数・大きさ、関節面の転位の評価。手術を計画する際の術前CTは標準治療とされる[1]
✅ 許容される整復(手術施行時の整復目標)
✓ 関節面の適合性が修復されている(手術適応閾値の5 mmとは異なり、手術を行った場合の目標)[1] ✓ glenopolar angle(保存的治療を受けた肩甲骨骨折の報告では、GPAの低い患者、特に<20°でConstant scoreが低かった)[1] ✓ 上下骨片間の内反移動(medialization)≤ 10mm ✓ 直視下に関節面の段差が消失していること
❌ 許容されない変形
✕ 関節面転位5 mm以上(外傷後の関節症を防ぐためORIFを勧める文献が多い)[1] ✕ glenopolar angleの低下(特に<20°。保存的治療例でConstant scoreが低い)[1] ✕ 関節窩の著明な内反移動(medialization > 10mm) ✕ 浮遊肩(肩甲骨頚部骨折+同側鎖骨骨折)で転位があり、関節窩が尾側を向きglenopolar angleが減少する変形[1] ✕ 肩甲上神経・腋窩神経損傷の見落とし(疑われれば筋電図で判定する)[1]
手術手技
体位
手術体位 — 側臥位(beach chair またはlateral decubitus)
側臥位(lateral decubitus): 後方進入法(Judet)では側臥位か腹臥位とし、上肢は自由に動くようにドレーピングする。肩甲骨体部・頚部・関節窩後縁・肩甲棘の骨折を治療できる[1] 。
後方アプローチ(Judet approach)によるORIF
適応: 後方進入法(Judet)では肩甲骨体部・肩甲骨頚部・関節窩後縁・肩甲棘の骨折を治療できる[1] 。
後方アプローチ(Judet)— 大円筋・小円筋間隙の展開
皮膚切開: 肩峰後角から肩甲棘下縁に沿って肩甲骨内側縁に向かい、内側縁に沿って下方に弯曲して肩甲骨下角に至る。三角筋は再縫着用の付着部を残して肩甲棘から剥離し、棘下筋を肩甲骨後面から挙上する。この広範囲な展開は複雑な肩甲骨骨折に限る[1]
筋間隙展開: 棘下筋と小円筋の間(神経支配界面)を展開して肩甲骨と後方関節包に到達し、肩甲骨外側縁と関節窩を露出する[1]
神経・血管の保護: 小円筋直下の四辺形間隙を回旋動脈と併走する腋窩神経と、肩甲切痕を通る肩甲上神経を損傷しないよう注意する[1]
骨折部の明視化: 多くの場合は限定した展開で足り、大多数の症例では関節窩後縁・肩甲骨頚部・肩甲骨外側縁が展開できれば十分である[1]
整復(reduction): 肩甲骨体部や関節窩の多骨片骨折では、粉砕骨片には触れず関節面を解剖学的に整復し、再建した関節窩を外側縁に対して正常なアライメントに戻す[1]
ラグスクリュー固定: 骨折形態(CT)に応じて上方進入法か後方進入法を選び、関節面の骨片は2.7 mmか3.5 mmのラグスクリューで固定する[1]
プレート固定: 3.5 mmリコンストラクションプレートおよび3.5・2.7 mm LC-DCPが一般的に使われ、1/3円プレートも使用できる。肩甲骨用の既成形プレートもあるが、固有の長所と短所はまだ明らかでない[1]
最終確認: 透視でスクリュー位置・関節面非穿破・整復位を確認。肩関節を他動的に動かし固定安定性を確認
⚠️ ピットフォール
✕ 腋窩神経損傷 — 腋窩神経は小円筋直下の四辺形間隙を回旋動脈と併走しており、展開時に損傷しないよう注意する[1] ✕ スクリュー長 — 縁を除いて肩甲骨体部は通常薄く、12〜14 mm長のスクリューしか挿入できない[1] ✕ 不完全整復 — 転位した(5 mm以上)関節窩骨折のORIFは、関節面の適合性を修復して外傷後の関節症を防ぐことを目的とする[1] ✕ プレートの内縁突出 — 肩甲骨外側縁に正確に設置しないと軟部組織刺激・腋窩神経への圧迫が生じる ✕ 出血・血腫 — 広範囲の展開では肩甲骨周囲の死腔が拡大して血腫が形成されることがある。関節切開時は肩甲回旋動静脈を損傷しないよう注意する[1]
術後管理
術後X線像(AP・axillary view)— スクリュー・プレート位置・整復位確認
手術タイミング: 緊急手術の適応は滅多になく、(特に多発外傷では)全身状態の安定化と術前画像検査を済ませてから手術する[1] 。
術後荷重: 後縁骨折では術後2〜4週間まで肩を外転位に保持する腋窩枕固定とし、その後徐々に関節運動を開始する。前縁骨折では内旋位で2週間三角巾固定して徐々に可動域を広げ、骨癒合後(通常6〜8週間)に外旋をフルで許可する[1] 。
VTE予防: 術後12〜24時間より抗凝固療法(エドキサバン・エノキサパリン)を開始し、歩行自立まで継続。上肢手術単独では下肢DVTリスクは低いが、合併損傷(骨盤・下肢)や長期臥床例では積極的に予防を行う。
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、神経ブロック(肩甲上神経ブロック・腋窩神経ブロック)を術後早期疼痛管理に活用する。NSAIDsは骨癒合への影響を考慮して短期使用にとどめる。
リハビリテーション: 後療法は固定した骨折型によって異なり、不十分なリハビリテーションは肩関節拘縮をきたしやすい。前縁骨折は内旋位で2週間三角巾固定、後縁骨折は術後2〜4週間外転位の腋窩枕固定とし、その後徐々に運動を始める。関節窩頚部・体部骨折は固定が安定していれば、疼痛が引き次第早期に無制限で自動・他動運動を開始してよい[1] 。
フォローアップ
術後2週: 創部確認、X線撮影(整復位維持・インプラント位置確認)
術後6週: X線撮影(骨癒合進行・整復位確認)、可動域評価
術後3ヶ月: X線・CT撮影(骨癒合判定)、筋力評価、職場復帰・スポーツ復帰の検討
術後6〜12ヶ月: X線撮影、長期可動域・機能評価(Constant Score・DASH Score)
合併する腋窩神経損傷の回復は術後6〜12ヶ月にかけて経過をみる
予後
単独の関節窩骨折の手術治療では、82%で優秀または良好な成績が得られる[3] 。
骨癒合率:約85〜95%(内固定例)
機能成績:関節窩単独骨折の手術治療で優・良の成績が82%[3]
腋窩神経損傷の自然回復率:約80〜90%(6〜12ヶ月)
変形性肩関節症への進行:関節面転位≥5mmの保存療法例で高率(10年後約40〜60%)
肩関節可動域:適切な内固定例では外転・挙上の約80〜90%が回復
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(14-C1 = 関節窩骨折・完全関節内・単純型) 2 関節面転位量を評価(5 mm以上転位した関節窩骨折にはORIFを勧める文献が多い)[1] 3 上腕骨頭の求心性(glenohumeral centration)を確認(転位した関節内骨折でも求心性が保たれていれば保存的治療を勧める報告がある)[1] 4 フローティングショルダー(肩甲骨頚部と同側鎖骨の骨折=SSSCの2か所の破綻)の有無を確認[1] 5 肩甲上神経・腋窩神経の損傷を評価(疑われれば筋電図で判定)[1] 6 合併損傷のスクリーニング(鎖骨骨折・動揺胸郭・鈍的大動脈損傷・血胸・気胸・肺挫傷)[1] 7 術式を確認(手術例の内固定は後方進入法からのプレート・スクリュー固定が最も多い)[5] 8 スクリューの関節面穿破がないことを術中透視で確認
文献
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
Goss TP(1992)Fractures of the glenoid cavity. J Bone Joint Surg Am, 74(2):299–305. PMID: 1541626
Zlowodzki M et al.(2006)Systematic review of scapula fractures: treatment outcomes and complications. J Orthop Trauma, 20(3):230–3. PMID: 16648708
Anavian J et al.(2009)Surgery for scapula process fractures: good outcome in 26 patients. Acta Orthop, 80:344-50. PMID: 19857183
Lantry JM et al.(2008)Operative treatment of scapular fractures: a systematic review. Injury, 39(3):271–83. PMID: 17919636
Schofer MD et al.(2009)Treatment of fractures of the glenoid fossa with a new concept of angular stable plate fixation. Arch Orthop Trauma Surg, 129(8):1131–8.