肩甲骨背面を横走し棘上窩と棘下窩を隔てる骨性隆起(肩甲棘)に生じる骨折(本サイト分類コード 14-C4)。肩甲棘は外側で肩峰へ連続し、三角筋後部・僧帽筋の付着部 であると同時に、肩関節を体幹に繋ぎ止める上肢帯懸架複合体(Superior Shoulder Suspensory Complex:SSSC) の下方支柱(inferior strut:肩甲骨体部外側縁と肩甲棘)の一部を構成する。単独骨折はまれで多くは高エネルギー外傷に伴い、転位が軽度であれば保存療法で良好に癒合する が、著明な転位例やSSSC二重破綻を伴う例では手術を要する。肩甲棘・肩峰は体部骨折と比べ偽関節(nonunion)の報告が比較的多い 部位として知られる。
【分類コードについての注記】 本記事のコード「14-C4」は、SurgiLink Atlas が肩甲骨突起部骨折を鎖骨セグメント(14)のC群に整理したサイト内の分類コード であり、AO/OTA の公式コードではない。AO/OTA 命名法で「C」は完全関節内型を指すが、肩甲棘骨折は本来関節外骨折 である。臨床上の分類は Goss の SSSC 理論(上肢帯懸架複合体の破綻評価)に基づく。
重症度・疫学
発生頻度: 肩甲骨骨折は全骨折の約0.4〜1%。肩甲棘骨折はそのうち数%程度と少なく、単独例はさらに稀である
好発: 20〜50歳代の男性(交通事故・高所転落)。近年はリバース型人工肩関節全置換術(RSA)後の疲労骨折 (Levy分類の肩峰・肩甲棘ストレス骨折)としても注目される
受傷機転: 肩背側への直達外力が主体。単独発生は少なく、体部骨折・肩峰骨折・関節窩骨折・鎖骨骨折との合併が多い。RSA後は三角筋張力の増大による反復ストレスが機序となる
合併損傷頻度: 肩甲骨骨折全体の約80%に他部位損傷を伴う(肋骨骨折・血気胸・鎖骨骨折・神経血管損傷)。肩甲棘骨折でも高エネルギー例では同様に多発損傷の合併を前提に評価する
参考分類: Goss の SSSC 理論(superior shoulder suspensory complex)/Ada-Miller 分類(肩甲骨骨折の部位分類)
注意すべき合併症
偽関節(nonunion):肩甲棘・肩峰は体部より偽関節率が高い。転位例・固定不良例で残存疼痛の原因となる
三角筋機能障害:三角筋後部線維の起始部であり、転位癒合により外転筋力低下・肩甲上腕リズム破綻を生じうる
SSSC二重破綻:肩峰・鎖骨・関節窩など他部位の破綻を合併すると上肢帯が不安定化し手術適応となる
肩甲上神経損傷:棘窩切痕(spinoglenoid notch)周囲の骨折・血腫で棘下筋麻痺・萎縮をきたしうる
外傷後肩関節拘縮:疼痛による固定期間延長で生じやすく、早期可動域訓練で予防する
胸部合併損傷(肋骨骨折・気胸・血胸):高エネルギー例で高率
治療方針
大多数は保存療法の適応である。骨折の転位量、SSSC他部位破綻の有無、三角筋機能への影響の3点で手術適応を判断する。単独・低転位例は保存、SSSC二重破綻・大転位例は手術 が基本方針となる。なお肩甲棘骨折に確立した転位の数値基準はなく、以下の目安(概ね転位 >1cm)は絶対的閾値ではない。本項は急性外傷性骨折を対象とし、リバース型人工肩関節(RSA)後のストレス骨折は別カテゴリ (Levy分類に応じ多くは保存的管理)として区別する。
⚠️ 保存療法の適応条件(第一選択)
→ 転位が軽度(概ね転位・段差 <1cm、角状変形が軽微)でSSSCが単一破綻にとどまる例 → 三角筋起始部の連続性が保たれ、肩外転力が保持されている例 → 三角巾または外転スリング固定 2〜4週 → 疼痛軽減後に段階的可動域訓練へ移行 → 固定期間中は週単位でX線経過観察し、転位増悪があれば手術適応を再検討する → 偽関節をきたしても無症候であれば経過観察でよい場合が多い
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ SSSC二重破綻(肩峰・鎖骨・関節窩などとの合併で上肢帯が不安定化)→ 原則手術適応 ℹ 著明な転位(>1cm)または三角筋機能を損なう角状変形・骨片離開 ℹ 症候性偽関節(保存療法後も疼痛・筋力低下が残存する陳旧例) ℹ 第一選択:後方アプローチ(Judet approach)による整復+プレート/スクリュー固定 ℹ 小骨片・辺縁骨片ではテンションバンドや小径スクリューを選択 ℹ 偽関節例では骨移植併用の内固定を考慮する
治療選択アルゴリズム — 転位量・SSSC破綻評価による保存/手術の選択
診断・評価
肩後方の限局性疼痛・腫脹・皮下出血、肩外転時痛を呈する。肩甲骨骨折は多発外傷に紛れて見逃されやすいため、高エネルギー外傷では胸部・肩甲帯を含めたCTで系統的に評価 する。単純X線(true AP・scapular Y・axillary view)で骨折線を確認し、CT(3D再構成を含む)で骨折型・転位量・他部位(肩峰・関節窩・体部)の合併を評価する。
14-C4の診断ポイント:肩甲棘の骨折線と転位量、および肩峰・鎖骨・関節窩の合併破綻(SSSC評価)
肩甲棘は肩峰へ連続するため、骨折線が肩峰基部へ及んでいないか確認する
棘窩切痕近傍の骨折では肩甲上神経障害の有無を評価する
鎖骨・肩峰の合併骨折 → SSSC二重破綻(floating shoulder 類似の不安定性)を評価する
X線 — 肩甲骨正面・スカプラY像による肩甲棘骨折・転位の評価
CT・3D-CT — 骨折線の走行・転位量・肩峰基部への波及評価
【必須】 肩甲骨3方向X線(true AP・scapular Y・axillary view)、胸部X線(気胸・肋骨骨折評価)
【考慮】 CT(3D再構成含む):骨折パターン・転位量・SSSC評価。肩甲上神経障害が疑われる場合は神経学的評価・筋電図
✅ 保存療法継続の目安
✓ 転位・段差 <1cm で角状変形が軽微 ✓ 三角筋起始部の連続性が保持され肩外転力が維持されている ✓ SSSCが単一破綻にとどまり上肢帯の安定性が保たれている ✓ 経過観察X線で転位増悪を認めない
❌ 許容されない変形(手術適応となる所見)
✕ 転位 >1cm または三角筋機能を損なう角状変形・骨片離開 ✕ 肩峰・鎖骨・関節窩などとの合併によるSSSC二重破綻 ✕ 症候性偽関節(疼痛・外転筋力低下の残存) ✕ 肩甲上神経障害の進行
手術手技
体位
手術体位 — 側臥位または腹臥位(後方アプローチ)
側臥位または腹臥位: 肩甲棘・体部後面への後方アプローチでは、患肢を前方に軽度屈曲位で保持できる側臥位または腹臥位を用いる。透視で整復位とインプラント位置を確認できる体位設定とし、腋窩枕で神経血管を保護する。合併する鎖骨骨折を先行固定する場合は仰臥位で鎖骨ORIFを行った後に体位変換する。
後方アプローチ(Judet approach)による整復・内固定 — 第一選択
適応: 転位した肩甲棘骨折、SSSC二重破綻を伴う不安定例、症候性偽関節例。肩甲棘・肩峰基部・体部後面を直視下に展開できる。
後方アプローチ — 三角筋後部・僧帽筋を分けて肩甲棘を展開
皮膚切開: 肩峰後角から肩甲棘・肩甲骨内側縁に沿った切開。皮下剥離で僧帽筋・三角筋後部の付着を確認する
展開: 肩甲棘上縁で僧帽筋、下縁で三角筋後部線維を骨膜下に愛護的に剥離し、肩甲棘全長と骨折部を露出する。三角筋起始部の連続性を可能な限り温存する
神経保護: 棘窩切痕周囲を操作する際は肩甲上神経・血管束を確認し牽引・圧迫から保護する
整復: 骨折部の血腫・介在軟部組織を除去し、点状整復鉗子とキルシュナーワイヤーで解剖学的に整復・暫定固定する
固定: 肩甲棘の骨性隆起に沿って3.5mm再建プレートまたは小径プレートを設置。小骨片・辺縁骨片ではテンションバンドワイヤリングや小径スクリューを選択する
偽関節例: 硬化した骨折端を新鮮化し、腸骨または局所骨移植を併用して内固定する
最終確認: 透視で整復位・スクリュー長・インプラント位置を確認し、肩関節を他動運動させて固定安定性を確認する
⚠️ ピットフォール
✕ 肩甲上神経損傷 — 棘窩切痕近傍の剥離時に起きやすく、術前後の神経評価が必須 ✕ 三角筋起始部の過剰剥離 — 外転筋力低下の原因となるため付着の温存に努める ✕ 薄い骨での固定不良 — 肩甲棘は部位により菲薄で、スクリューの保持力・関節面穿破に注意する ✕ 偽関節の見落とし対応 — 硬化骨の新鮮化と骨移植を怠ると再偽関節をきたす ✕ SSSC他部位の未固定 — 鎖骨・肩峰など合併破綻を残すと肩甲棘のみ固定しても不安定性が残る
術後管理
術後X線像 — インプラント位置・整復位の確認
手術タイミング: 全身状態・合併損傷(気胸・神経損傷)の処置を優先し、腫脹が軽減した受傷後5〜10日を目安に待機的に施行する。多発外傷では初期外傷対応の完了を待つ。
術後荷重: 術後0〜2週は三角巾固定・患肢免荷(振り子運動は疼痛に応じて早期から可)。術後2〜4週で肘・前腕・手指の自動運動と肩の他動的可動域訓練を開始。術後6週以降に固定性・仮骨形成を確認して自動運動・軽負荷へ移行し、骨癒合確認後(術後3〜4ヶ月)に筋力強化と重作業を許可する。
VTE予防: 上肢単独手術では下肢DVTリスクは低いが、多発外傷・長期臥床・下肢合併損傷例では低分子ヘパリンまたはエドキサバンで予防し、歩行自立まで継続する。
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、肩甲上神経ブロックを急性期疼痛管理に活用する。NSAIDsは骨癒合への影響を考慮し短期使用にとどめる。
リハビリテーション: 肩関節拘縮予防が最大目的。疼痛軽減後、できるだけ早期(受傷/術後2週以内)に振り子運動・他動的挙上訓練を開始する。三角筋・肩甲骨周囲筋の筋力強化は骨癒合の進行に合わせて段階的に行う。
フォローアップ
術後2週: 創部確認・X線(整復位維持・インプラント位置)
術後6週: X線(仮骨形成・骨癒合開始)・肩関節可動域評価
術後3ヶ月: X線またはCT(骨癒合・偽関節の有無判定)・筋力評価・復帰検討
術後6〜12ヶ月: 最終機能評価(Constant Score・DASH)、偽関節・三角筋機能の長期評価
肩甲上神経障害合併例は経時的に筋電図で回復を評価する
予後
保存療法:低転位・単独例では良好な癒合と機能回復が得られることが多い
偽関節:肩甲棘・肩峰は体部より偽関節率が高いが、無症候であれば機能予後は良好なことが多い
骨癒合率(内固定例):おおむね良好だが、薄い骨・粉砕例では固定不良・再偽関節に注意
三角筋機能:起始部を温存した整復・固定が得られれば外転筋力は良好に回復する
SSSC二重破綻合併例:他部位固定を含めた治療が得られれば安定性が回復し予後は良好
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(14-C4 = 肩甲骨・肩甲棘骨折) 2 転位量・角状変形を評価(>1cm・三角筋機能障害は手術適応の目安) 3 肩峰・鎖骨・関節窩の合併骨折を確認(SSSC二重破綻の評価) 4 肩甲上神経障害(棘下筋筋力・萎縮)の有無を評価 5 胸部合併損傷(肋骨骨折・気胸・血胸)の対処状況を確認 6 保存/手術の方針と、手術の場合の固定法・偽関節対策を確認
文献
Goss TP(1993)Double disruptions of the superior shoulder suspensory complex. J Orthop Trauma, 7(2):99–106. PMID: 8459301
Ada JR, Miller ME(1991)Scapular fractures. Analysis of 113 cases. Clin Orthop Relat Res,(269):174–80. PMID: 1864036
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