肩甲骨の関節窩骨折・頸部骨折・体部骨折のうち2つ以上が合併した高エネルギー複合損傷型 (AO分類14-C3)。多くは鎖骨骨折または肩鎖関節損傷を伴い、上肢帯が胸郭から機能的に離断した浮遊肩(floating shoulder) を呈する。上肢帯を安定化させる骨性・靭帯性の二重支持機構が同時に破綻するため不安定性が著明に増大 し、適切な治療選択が機能予後を決定的に左右する。複数骨折が錯綜する三次元的骨破壊像と多発外傷の合併が診断・治療を複雑にする最重症カテゴリーである。
重症度・疫学
発生頻度: 肩甲骨骨折は比較的稀で全骨折の0.4〜1%を占め、多くは多発外傷患者に大きな外力で生じる[1]
好発: 浮遊肩の系統的レビューでは平均年齢39.4歳(16〜82歳)、主な受傷機転は交通事故(51%)、次いで高所転落(16%)[5]
受傷機転: 鎖骨骨折や肩鎖関節脱臼を伴う肩甲骨骨折は、通常、重度の高エネルギー外傷で生じる[4]
多発外傷合併率: 肩甲骨骨折は典型的には高エネルギー外傷で生じ、約90%に合併損傷を認める[7] 。動揺胸郭・鈍的大動脈損傷・血胸・気胸・肺挫傷など致命的な損傷の合併を考慮する[1]
Floating shoulder(浮遊肩)の定義: 鎖骨骨折または肩鎖関節脱臼に同側の肩甲骨頸部骨折が合併した、上肢帯懸架複合体(Superior Shoulder Suspensory Complex: SSSC)の二重破綻。腕の重みにより肩甲上腕関節は遠位・前内方へ牽引される[4]
注意すべき合併症
腕神経叢損傷:浮遊肩で外傷性腕神経叢麻痺を合併した例では、肩の可動域がほぼ完全に失われた[4]
血管損傷:鎖骨骨折の牽引損傷では、肩甲骨胸郭離開や神経・血管損傷を早期に慎重に除外する[1]
気胸・血胸・肺挫傷:肩甲骨骨折では動揺胸郭・鈍的大動脈損傷を含む致命的な胸部損傷の合併を考慮する[1]
肩甲上神経損傷:肩甲骨頸部骨折では肩甲切痕を走行する肩甲上神経が損傷されうる。損傷部位に応じて棘上筋・棘下筋の萎縮をきたし、筋力と回旋可動域が低下する[1]
肩関節変形癒合:関節窩が尾側を向く変形や肩甲帯の過剰短縮が残ると、外転力不足や可動域制限などの機能低下をきたす[1]
外傷後肩関節拘縮:特に内旋位での拘縮は肩甲骨骨折固定後に最も多い臨床的に問題となる合併症で、不十分なリハビリテーションで生じやすい[1]
治療方針
骨折の部位と転位量(関節窩・頸部・体部)、SSSC二重破綻の有無、合併損傷と全身状態をもとに、個々の患者のリスクと利点を評価して治療方針を決める[1] 。多発外傷では患者の容態安定化を先に行う。
⚠️ 保存療法(転位の小さい浮遊肩で選択肢)
→ SSSCの単一破綻、または骨折の転位が小さい例(非手術治療で一般に良好に経過する)[4] → 手術適応があっても重篤な合併損傷のため手術ができない場合[4] → 三角巾で外固定し、可動域訓練を行う → 保存療法選択後もX線で転位の増悪がないかを確認する
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 転位のある浮遊肩(SSSC二重破綻)→ 手術適応を検討(関節窩が尾側へ転位していなければ保存療法でも良好な機能が得られる)[1] ℹ 頸部骨折の短縮 1 cm以上または回旋 40°以上(ORIF適応とする報告がある)、GPA <22°、または頸部骨折の内側転位 >2 cm[1] ℹ 関節窩骨折で転位 5 mm以上(ほとんどの文献は関節面の適合性を修復し外傷後の関節症を防ぐためORIFを勧めるが、上腕骨頭の求心性が保たれていれば保存的治療を勧める報告もある)[1] ℹ 神経血管損傷の合併(鎖骨骨折の手術の相対的適応)[1] ℹ 術式選択①:鎖骨プレート固定単独 — 肩甲骨骨折の転位が小さい浮遊肩では鎖骨の固定のみで足りる[4] ℹ 術式選択②:鎖骨と肩甲骨の両方を固定 — 肩甲骨頸部の転位が大きい浮遊肩では鎖骨と肩甲骨の両方の固定が有益なことがある[5] ℹ 手術時期:肩甲骨骨折の緊急手術は滅多に適応がなく、多発外傷では容態の安定化と術前画像検査を済ませてから行う[1]
治療選択アルゴリズム — SSSC破綻評価→保存/鎖骨単独ORIF/両骨格同時ORIFの選択
診断・評価
肩甲骨骨折の臨床症状は非特異的で、合併損傷の症状に隠れていることが多く、開放骨折は稀である[1] 。高エネルギー外傷では致命的な合併損傷の評価を先行させる。
14-C3の診断ポイント: 鎖骨骨折の存在 → 肩甲骨骨折の詳細評価(X線3方向、関節窩骨折が疑われればCT)[1] → SSSC二重破綻の確認(floating shoulder 判断)
X線は正面像・スカプラY像・軸射像の3方向で評価する。関節窩骨折が疑われればCTで骨片の数・大きさ・関節面の転位を評価し、手術を計画するときは術前CT(可能であれば三次元再構築CT)を撮影する[1] 。肩甲骨頸部骨折では肩甲上神経が損傷されうるため筋電図で損傷の有無を判定し、腋窩神経の損傷が疑われた場合も同様に判定する[1] 。
X線評価 — 浮遊肩(floating shoulder)の全体像:鎖骨骨折+肩甲骨頸部・体部骨折(AP像)
【主な評価】 胸部X線(合併する胸部損傷の除外)、肩甲骨3方向X線(正面・スカプラY・軸射)、CT(関節窩骨折が疑われる場合・手術を計画する場合、可能であれば三次元再構築CT)、筋電図(肩甲骨頸部骨折での肩甲上神経、損傷が疑われる場合の腋窩神経)[1]
✅ 許容される整復(保存療法継続の目安)
✓ 頸部骨折の短縮 1 cm未満かつ回旋 40°未満(これ以上をORIF適応とする報告がある)[1] ✓ glenopolar angle(GPA)≥22°(GPA <20°の例では保存的治療後のスコアが低い)[1] ✓ 関節窩骨折が存在しない、または転位 <5 mm(5 mm以上の転位にはほとんどの文献がORIFを勧めるが、上腕骨頭の求心性が保たれていれば保存的治療を勧める報告もある)[1] ✓ SSSCの単一破綻、または骨折の転位が小さい(保存療法で一般に良好に経過する)[4]
❌ 許容されない変形(手術を検討する所見)
✕ 転位のある浮遊肩(鎖骨骨折+肩甲骨頸部骨折によるSSSC二重破綻) ✕ 頸部骨折の短縮 1 cm以上または回旋 40°以上(ORIF適応とする報告がある)、GPA <22°、または頸部骨折の内側転位 >2 cm[1] ✕ 関節窩骨折の転位 ≥5 mm(ほとんどの文献が、関節面の適合性を修復し外傷後の関節症を防ぐためORIFを勧める)[1] ✕ 神経血管損傷の合併(鎖骨骨折の手術の相対的適応)[1] ✕ 腕神経叢損傷の見落とし(術前神経学的評価の未施行)
手術手技
体位
体位: 肩甲骨後方アプローチ(Judet法)は側臥位または腹臥位で行い、上肢は自由に動くようにドレーピングする[1] 。鎖骨の固定はビーチチェア体位または半坐位で行う[1] 。
体位 — 腹臥位によるJudet後方アプローチ(鎖骨固定後に腹臥位転換、または最初から腹臥位で鎖骨を前方からアプローチ)
鎖骨ORIF+肩甲骨Judet後方アプローチ複合固定 — 第一選択
適応: 転位のある浮遊肩(鎖骨骨折+肩甲骨頸部骨折によるSSSC二重破綻)。肩甲骨骨折の転位が小さければ鎖骨のみ、転位が大きければ鎖骨と肩甲骨の両方を固定する[4] 。
鎖骨ORIFの先行: 鎖骨をプレートで固定して上肢帯の安定性を回復させる。安定性の回復には通常、鎖骨の固定で十分である[1] 。肩甲骨の残存転位に応じて頸部の追加固定を判断する
体位変換(必要時): 肩甲骨ORIFが必要と判断された場合、側臥位または腹臥位とし、上肢が自由に動くようにドレーピングして後方アプローチへ移行する[1]
Judet後方アプローチ展開: 肩峰後角から肩甲棘下縁に沿って肩甲骨内側縁に向かい、内側縁に沿って下方に弯曲して肩甲骨下角に至る皮切。三角筋を肩甲棘から剥離し(再縫着のため付着部を残す)、棘下筋を外側の付着部から剥離して肩甲骨後面より挙上する[1]
筋間隙解離と骨折露出: 棘下筋と小円筋の間から肩甲骨外側縁と関節窩に到達する。肩甲上神経、腋窩神経、肩甲回旋動静脈を損傷しないように注意する [1]
骨折整復: 肩甲骨体部や関節窩の多骨片骨折では粉砕骨片には触れず、関節面を解剖学的に整復し、再建した関節窩を外側縁に対して正常なアライメントに戻す[1]
プレート固定: 肩甲骨頸部骨折は後方から進入し、外側縁に3.5 mmリコンストラクションプレートを当てて固定する[1]
最終確認: 透視で整復位とインプラントの位置を確認する
固定構成 — 鎖骨プレート+肩甲骨外側縁+後方プレートによる三点固定(複合ORIF)
⚠️ ピットフォール
✕ 頸部が著しく内側に転位し2 cmを超える短縮がある浮遊肩で頸部の固定を検討しない → 肩甲帯の過剰短縮、外転力不足や可動域制限などの機能低下が残りうる[1] ✕ 神経損傷の見落とし → 肩甲骨頸部骨折では肩甲切痕を走る肩甲上神経が損傷されうる。筋電図で損傷の有無を判定し、腋窩神経の損傷が疑われる場合も同様に評価する[1] ✕ 後方進入での神経血管損傷 → 棘下筋と小円筋の間を展開する際に、肩甲切痕を通る肩甲上神経と、四辺形間隙を回旋動脈と併走する腋窩神経を損傷しないよう注意する[1] ✕ 関節窩骨折の整復不良 → 5 mm以上転位した関節窩骨折には、ほとんどの文献が関節面の適合性を修復し外傷後の関節症を防ぐためにORIFを勧める(上腕骨頭の求心性が保たれていれば保存的治療を勧める報告もある)[1] ✕ 術中体位の検討不足 → 関節窩/肩甲骨骨折手術は最適な条件下で行い、術中体位は事前に熟慮して決める[1] ✕ 合併損傷の見落とし → 肩甲骨骨折では鎖骨骨折のほか、動揺胸郭・鈍的大動脈損傷・血胸・気胸・肺挫傷など致命的な損傷の合併を考慮する[1]
術後管理
術後X線像(AP像・スキャプラY像)— 鎖骨プレート+肩甲骨後方プレート固定後の整復位確認
手術タイミング: 肩甲骨骨折の緊急手術は滅多に適応がない。特に多発外傷では患者の容態安定化と術前画像検査を済ませ、全身状態を最適化してから手術する[1]
術後荷重: 関節窩頸部骨折・体部骨折の術後は快適さのために三角巾で外固定し、固定が安定していれば疼痛が引き次第早期に無制限の自動・他動運動を開始してよい。筋力強化は骨癒合後、通常術後6週で可能となる[1]
VTE予防: 術後12〜24時間より低分子ヘパリン皮下注またはエドキサバン経口を開始。多発外傷・長期臥床例では最低4週間継続。歩行自立後も肩上肢外傷では下肢静脈血栓リスクは低いが、下肢合併損傷があれば積極的に管理する
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本。神経ブロック(肩甲上神経ブロック・腕神経叢ブロック)を術直後の急性期疼痛管理に積極活用。NSAIDsは骨癒合への影響を考慮し短期使用にとどめる。腕神経叢損傷合併例では神経障害性疼痛(プレガバリン・デュロキセチン)の管理が重要
リハビリテーション: 後療法は固定した骨折型によって異なるが、肩甲骨術後の不十分なリハビリテーションは肩関節拘縮をきたすことが多い[1]
フォローアップ
術後2週: 鎖骨固定後は外来で創部確認とX線撮影を行う[1]
術後6週: 骨癒合を確認し、骨癒合後に筋力強化を開始する(通常術後6週で可能)[1]
術後3ヶ月: 鎖骨固定後は、骨折が十分に癒合するまでの術後3か月間、コンタクトスポーツやエクストリームスポーツを避けるよう指導する[1]
術後6ヶ月: X線・最終機能評価(Constant score・DASH)・職場・スポーツ復帰判断
肩甲上神経損傷合併例:骨折による絞扼であれば救済できるが、神経が完全に断裂している場合は救済はほとんど不可能である[1]
予後
骨癒合: 手術した浮遊肩9例では、全例が受傷後6か月以内に癒合し、変形癒合はなかった[4]
機能予後(鎖骨単独ORIF): 肩甲骨頸部の転位が小さいか転位のない浮遊肩では、保存療法または鎖骨単独の固定でも良好な成績が得られうる[5]
機能予後(両骨格同時ORIF): 肩甲骨頸部の転位が大きい浮遊肩では、鎖骨と肩甲骨頸部の両方を固定するほうが成績が良い[5]
腕神経叢損傷合併例: 浮遊肩で外傷性腕神経叢麻痺を合併した2例は、肩の可動域をほぼ完全に失った[4]
変形癒合(不十分な整復): 保存的治療の報告では、glenopolar angleが低い患者(特に<20°)ほどConstant scoreが低かった[1]
合併損傷の影響: 浮遊肩では合併損傷が成績に大きく影響する[4]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(14-C3 = 肩甲骨複雑型・浮遊肩 — 最重症カテゴリー) 2 浮遊肩(floating shoulder)の有無を確認(鎖骨骨折+肩甲骨頸部骨折によるSSSC二重破綻) 3 骨折パターンを評価(関節窩関与の有無・頸部転位量・GPA・体部骨折の広がり) 4 肩甲上神経(肩甲骨頸部骨折例)と腋窩神経(損傷が疑われる例)の損傷の有無を筋電図で判定する[1] 5 牽引損傷では肩甲骨胸郭離開と神経・血管損傷を早期に慎重に除外する[1] 6 胸部合併損傷(気胸・血胸・肺挫傷・肋骨骨折)の対処状況を確認 7 術式を確認(通常は鎖骨の固定で安定性が回復し、整復の補助に小さなプレートを追加してもよい)[1] 8 術後リハビリ計画を確認(肩甲骨手術後のリハビリが不十分だと肩関節の拘縮をきたしやすい)[1]
文献
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