膝蓋骨の上極または下極に限局した水平(横)骨折で、AO分類34-B2に相当する部分関節内骨折。骨折は関節面の一部のみに及び、対側の膝蓋骨極は温存される。伸展機構(大腿四頭筋腱・膝蓋腱)の牽引力により、骨折部は転位しやすく、関節面の不整合・伸展ラグが生じる。転位骨折には原則ORIF(引っ張りバンドワイヤー法またはラグスクリュー)が適応となり、関節面の解剖整復と伸展機構の再建が治療目標となる。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 膝蓋骨骨折全体の年間約4,000〜6,000件のうち、水平型(横型)は約50〜60%を占める。AO34-B2(部分関節内・縁骨折)はその一部。
好発: 30〜60歳の活動的な成人。高齢者では骨粗鬆症が背景となることがある。
受傷機転: ①膝屈曲位での転倒・打撲(直達外力)、②急激な大腿四頭筋収縮による牽引力(間接外力)。屈曲位での落下・交通外傷が多い。
注意すべき合併症
- 伸展ラグ(extension lag): 骨折転位による伸展機構断絶。術前評価において転位骨折の約30〜40%に認められる(術前症状としての発生率。術後残存率とは区別すること)
- 膝蓋大腿関節症(patellofemoral osteoarthritis): 関節面不整合による長期変性(発生率:関節面不整合残存例の約15〜30%)
- 骨折不癒合: 固定不良・血行不良(特に小骨片)による(骨質不良・固定不十分の場合に発生リスクが高く、通常のB2型ではより低率)
- インプラント刺激・皮下突出: ワイヤー・スクリューの皮下突出による疼痛(発生率:約20〜30%、抜釘が必要になることが多い)
- DVT/PE: 長期免荷・下肢安静による静脈血栓塞栓症
- 膝関節拘縮: 術後リハビリ不十分による屈曲制限
治療方針
⚠️ 保存療法の適応条件
- →転位量 ≦2mm かつ伸展機構温存(能動的伸展可能)の場合のみ
- →長幹ギプスまたは膝装具(0°位)で4〜6週固定
- →骨折部の転位が増大しないことを定期X線で確認
- →高齢者・手術リスク高例での選択肢(ただし監視を怠らない)
🔷 手術適応基準・術式選択
- ℹ転位 >2mm または 伸展ラグあり → 手術適応
- ℹ第一選択:引っ張りバンドワイヤー法(tension band wiring; TBW)— 動的圧迫固定
- ℹ大きな骨片(上極または下極、高さ >1/3 膝蓋骨):部分摘出術(partial patellectomy)は行わず ORIF を優先
- ℹ小骨片(上極または下極、高さ ≦1/4 膝蓋骨):骨片切除+腱・靱帯再付着(pole resection + tendon repair)も選択肢
- ℹ代替固定:ラグスクリュー(ヘッドレス圧迫スクリュー)+ バンドワイヤー補強
治療選択アルゴリズム — 膝蓋骨水平縁骨折・転位量評価・引っ張りバンドワイヤー法第一選択
診断・評価
膝前面の疼痛・腫脹・皮下血腫。能動的膝関節伸展の障害(伸展ラグ)を確認する。膝関節内血腫(血関節症)は関節内骨折のサイン。
X線: 正面像・側面像が基本。側面像で骨折線と転位量を最もよく評価できる。水平型骨折では側面像で骨折線が明瞭に描出される。上極骨折では近位骨片が大腿四頭筋に引っ張られ上方転位、下極骨折では遠位骨片が膝蓋腱に引っ張られ下方転位する。
CT: 骨折パターンが複雑な場合、粉砕の程度、関節面の評価に有用。単純水平骨折では必須ではないが、手術計画に有用。
X線側面像(膝蓋骨水平縁骨折・上極または下極・転位)+CT矢状断(骨折線・転位量・関節面評価)
✅ 許容される整復
- ✓関節面転位 ≦2mm(保存療法ではさらに厳格に ≦1mm)
- ✓骨折面の完全な接触(ギャップなし)
- ✓伸展機構の連続性が術後透視・臨床的に確認できる
❌ 許容されない変形
- ✕関節面転位 >2mm(OA・伸展ラグのリスク)
- ✕伸展ラグの残存(伸展機構不全)
- ✕ワイヤー/スクリューの関節内突出(軟骨損傷)
- ✕骨折部のギャップ(gap)やディアストラシス(diastasis)
手術手技
体位
仰臥位(膝軽度屈曲30°以内): 膝下にramp(傾斜台)を置き膝軽度屈曲位とする。Cアームを患肢外側に配置し術中透視を行いやすくする。止血帯(tourniquet)を大腿近位部に装着する。
手術体位 — 仰臥位・膝軽度屈曲・大腿近位止血帯・Cアーム外側配置
引っ張りバンドワイヤー法(Tension Band Wiring; TBW)— 第一選択
膝蓋骨の前面に走るワイヤーが膝屈曲時の引っ張り力(tension)を圧迫力(compression)に変換する動的固定法。
引っ張りバンドワイヤー法(TBW)手技 — 前方アプローチ・K-wire仮固定・8字ワイヤー(前面)・術中透視確認
- 皮膚切開: 膝蓋骨前面縦切開(正中)。皮下組織と支帯を剥離し膝蓋骨を露出
- 関節内血腫除去: 内側支帯または骨折端から関節内を洗浄・血腫除去
- 骨折整復: 骨鉗子(bone forceps)で骨折端を把持・解剖整復。関節面の整合を直視下に確認
- K-wire仮固定: 2本のK-wire(1.8〜2.0mm)を膝蓋骨前面から後面の関節軟骨直前(軟骨を貫通しないよう)に平行に刺入(近位→遠位方向)。透視で位置確認
- ワイヤー刺通: 直径1.2〜1.25mmのステンレスワイヤーを大腿四頭筋腱・膝蓋腱の深部で各K-wireに通し、膝蓋骨前面に8字(figure-of-eight)またはサーカレッジ(cerclage)として掛け渡す
- ワイヤー締結: ワイヤーを均等に締結(twist法またはloop法)。過大な締結は軟骨損傷の原因となるため適切なテンションで
- K-wireの処理: K-wire先端(尾側)を折り曲げ(hook)してワイヤーに固定。近位端を膝蓋骨上端から突出させず皮下に収める
- 術中確認: 透視で整復・インプラント位置を確認。膝屈曲(30〜90°)で動的圧迫効果を確認
- 支帯修復: 縦裂した内外側支帯を吸収糸で修復
⚠️ TBW ピットフォール
- ✕K-wireを関節軟骨に貫通させる(関節面損傷・ワイヤー突出→必ず軟骨直前で止める)
- ✕ワイヤーを前面ではなく関節面側に通す(引っ張りバンド効果が得られない)
- ✕ワイヤーの締結が非対称(一方だけ締めすぎると整復が崩れる)
- ✕K-wire先端の皮下突出(皮膚壊死・感染のリスク)
- ✕小さな上極または下極骨片への無理なTBW適用(骨片割れ → 骨片切除+腱修復を検討)
骨片切除+腱・靱帯再付着(Pole Resection + Tendon Repair)— 小骨片の代替術式
小骨片(膝蓋骨高さの1/4以下)かつ整復固定が困難な場合に選択。
- 骨折した小骨片を摘出
- 残存膝蓋骨の骨折端を整形(シャープな辺縁を除去)
- 大腿四頭筋腱(上極切除時)または膝蓋腱(下極切除時)を骨に再付着:suture anchor(縫合アンカー)または横走骨孔(transosseous tunnel)を用いた非吸収糸修復
- 修復強度の確認(膝屈曲60°以上で離開しないこと)
術後管理
術後X線 — 引っ張りバンドワイヤー法施行後(正面像・側面像)。膝蓋骨前面にK-wire×2+8字ワイヤー。関節面整復良好
手術タイミング: 軟部組織の腫脹が軽減してから(受傷後3〜5日以内が望ましい)。高エネルギー外傷では皮膚状態が許可次第。開放骨折は緊急手術
術後荷重: 装具(長幹膝装具・0°位)装着で術翌日からtoe-touch荷重。術後4〜6週でX線で骨癒合の初期兆候確認後に全荷重移行。屈曲は段階的に拡大(術後2週で45°、4週で90°を目標)
VTE予防: エドキサバン(または弾性ストッキング+フットポンプ)。術後早期の下肢挙上・足関節運動
疼痛管理: NSAIDs・アセトアミノフェン定期投与。術後急性期はオピオイド併用を考慮
リハビリテーション: 術翌日から膝関節可動域訓練開始(装具内での自動補助運動)。大腿四頭筋等尺性収縮訓練は翌日から開始
フォローアップ
- 術後2週: 創部確認・X線(整復位維持・インプラント位置確認)
- 術後6週: X線(骨癒合の初期兆候)・可動域評価。荷重許可を検討
- 術後12週: X線(骨癒合の評価)・筋力評価。スポーツ復帰の判断
- 術後6〜12ヶ月: 必要に応じてインプラント抜去(皮下刺激のある場合)
予後
- 骨癒合率: 適切なORIF後の骨癒合率 約90〜95%
- 伸展力回復: 解剖整復・確実な固定により大多数で機能的伸展機構が回復
- インプラント抜去率: TBW後の皮下刺激・疼痛によるワイヤー・スクリュー抜去は約20〜40%で必要
- 膝蓋大腿関節症: 関節面不整合残存例では長期的な変性変化を生じることがある
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(34-B2 = 膝蓋骨・部分関節内・水平縁骨折)
- 2骨折転位量の評価(X線側面像で ≦2mm か >2mm か)
- 3伸展ラグの有無(能動的膝関節伸展の評価)
- 4上極骨折か下極骨折かの識別(腱・靱帯再付着の対象が異なる)
- 5骨片サイズの評価(膝蓋骨高さの1/3以上ならORIF、1/4以下なら骨片切除+腱修復を考慮)
- 6TBW — K-wireが関節軟骨を貫通していないことを透視で確認
- 7引っ張りバンドワイヤーが前面(anterior surface)に位置していることを確認
- 8術後装具固定と段階的荷重・可動域訓練計画の立案
文献
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
- Kakazu R, Abreu FG(2023)Patella Fractures. StatPearls. NCBI Bookshelf.
- Larsen P et al.(2016)Incidence and epidemiology of patellar fractures. Orthopedics, 39:e1154–e1158. PMID: 27536953
- Bhatt RA et al.(2019)Management of distal pole patellar fractures — partial patellectomy versus ORIF. J Orthop Trauma, 33(Suppl):S1–S6.