中手骨頸部(metacarpal neck / subcapital)に生じる骨折で、第5中手骨に最も多い。拳を握った状態で硬い物を殴打した際の軸圧で発生することが典型的で、俗にボクサー骨折(boxer's fracture)と呼ばれる。骨折線は中手骨頭直下の関節外部位に位置し、骨頭骨片は屈筋群と骨間筋の牽引により掌側(volar)へ傾斜(apex-dorsal angulation)する。
AO/OTA 2018 の手(領域7)では、長管骨のような型letter(A/B/C)・群番号体系は用いず、骨(中手骨=77)と部位(base / shaft / neck / head)+N-part 記述で分類する。本骨折は中手骨頸部(neck)に生じる関節外・単純型(extra-articular, simple)の骨折に相当する。関節外の単純横骨折が大半で、多くは保存療法で良好な機能予後が得られるが、回旋変形(rotational malalignment)の残存は許容されず整復の絶対適応となる。
重症度・疫学
頻度: 中手骨骨折は手部骨折の中で最も高頻度な骨折群のひとつであり、そのうち第5中手骨頸部骨折が最多を占める。若年〜中年男性に好発する。
受傷機転: 拳を握った状態での殴打・パンチングによる軸圧が典型。硬い物への打撃で中手骨頸部に背側凸の屈曲力が加わる。
好発部位: 第5中手骨 > 第4中手骨。第2・第3中手骨頸部骨折は稀で、隣接する手根中手(CMC)関節の可動性が小さいため許容角度も小さい。
特徴: 関節外骨折であり関節面破綻を伴わないため、可動域予後は一般に良好。ただし美容的な「ナックルの消失(knuckle depression)」や回旋変形による指の交差(scissoring)が機能・整容上の問題となる。
注意すべき合併症
- 回旋変形の残存(指交差・把持障害):整復・固定の絶対適応(重大)
- 掌側傾斜の過大残存による偽爪状変形(pseudoclawing)・伸展不全(重大)
- 整復後の再転位(保存療法で頻度が高い)
- Kワイヤー刺入部感染・ワイヤー弛み(手術例)
- プレート固定後の伸筋腱癒着・MP関節拘縮(手術例)
- 開放骨折(殴打で相手の歯牙が創に及ぶfight bite:感染高リスク)
治療方針
中手骨頸部骨折の大半は保存療法の適応となる。治療方針決定で最も重要なのは、角度(掌側傾斜)ではなく回旋変形の有無である。
🔷 保存療法(第一選択)
- ℹ許容角度内で回旋変形のない骨折は保存療法が第一選択
- ℹ必要に応じて整復(Jahss法)を行い、内在筋プラス肢位で外固定
- ℹ第5中手骨頸部は骨頭直下でCMC関節の代償可動性が大きく、比較的大きな掌側傾斜を許容できる
- ℹ許容角度を超えても回旋変形がなければ、機能予後は良好との報告が多い
中手骨ごとの許容掌側傾斜角には幅があるが、CMC関節可動性の大きい尺側ほど許容角度が大きい。一般的に教えられる目安は以下の通り(施設・文献で差がある)。
📐 許容掌側傾斜角の目安(回旋変形がないことが前提)
- →第2・第3中手骨:約10〜15度(CMC可動性が小さく代償が効きにくい)
- →第4中手骨:約30〜40度
- →第5中手骨:約40〜60度(文献により最大70度まで機能的に許容とする報告あり)
❌ 手術適応(以下は整復・固定を検討)
- ✕回旋変形(指交差・scissoring)を認める場合 ― 角度に関係なく絶対適応
- ✕許容角度を超える掌側傾斜で、Jahss整復後も維持できない不安定型
- ✕偽爪状変形(pseudoclawing:MP過伸展+PIP屈曲)を呈する場合
- ✕開放骨折・多発中手骨骨折(隣接支持を失い不安定)
- ✕整容・機能上の要求が高い患者(手作業労働者・演奏者等)での顕著な変形
治療選択アルゴリズム — 回旋変形の有無と許容角度に基づく方針決定フロー
診断・評価
手背尺側の疼痛・腫脹・皮下出血と、中手骨頭の陥凹(ナックルの消失)を認める。殴打の既往聴取が診断の鍵となる。開放創がある場合はfight bite(相手の歯牙による咬創)を必ず疑い、伸筋腱・MP関節への波及を評価する。
最重要の身体所見は回旋変形の評価である。手指を屈曲させ、全指の指尖が舟状骨結節方向へ収束するか(finger cascade)、屈曲時に隣接指と交差(scissoring)しないかを健側と比較して確認する。安静時の指列アライメントだけでなく、必ず能動屈曲位で評価する。
回旋変形の評価 — 屈曲時の指交差(scissoring)と指尖収束(cascade)の確認
X線正面(PA)像 — 中手骨頸部の骨折線・短縮の確認
X線側面/斜位像 — 掌側傾斜角の計測
掌側傾斜角は側面像で中手骨骨幹軸と骨頭骨片軸のなす角として計測する。第4・第5中手骨は互いに重なるため、真の側面像に加えて30度回内斜位(pronated oblique)が第5中手骨頸部の評価に有用である。
【必須】 手部正面(PA)・側面・斜位の3方向X線
【推奨】 尺側中手骨の掌側傾斜評価のための回内斜位像
回旋変形はX線では評価困難であり、身体所見(能動屈曲)での判定が優先される。 CTは通常不要だが、関節内進展(骨頭骨折=articular type)が疑われる場合に考慮する。
整復・許容の基準
✅ 許容される(保存療法継続)
- ✓各中手骨の許容掌側傾斜角の範囲内
- ✓回旋変形がない(能動屈曲で指交差なし・指尖が舟状骨結節へ収束)
- ✓短縮が軽度(明らかな伸筋ラグ・偽爪状変形を伴わない)
- ✓MP関節の伸展制限がない
❌ 許容されない(整復・固定を要する)
- ✕回旋変形(scissoring)― 程度によらず矯正必須
- ✕許容角度を超える掌側傾斜で不安定
- ✕偽爪状変形(MP過伸展・PIP屈曲の代償肢位)
- ✕整復後に維持できない再転位傾向
手術手技
整復(Jahss法)
保存療法・観血整復いずれの前提としても、まずJahss法による徒手整復を行う。
Jahss整復手技 — MP・PIP 90度屈曲位で基節骨を介し骨頭骨片を背側へ押し上げる
- MP関節を90度屈曲: 側副靱帯を緊張させ、基節骨基部を骨頭骨片に密着させて「取っ手」とする。
- PIP関節も屈曲: 基節骨を介して掌側の骨頭骨片に力を伝達する。
- 背側への押し上げ: 屈曲した基節骨を介して骨頭骨片を背側へ押し上げつつ、骨幹部を掌側から支え、掌側傾斜を矯正する。
- 回旋の確認: 整復後に能動屈曲位で指交差がないことを必ず確認する。
⚠️ 整復のピットフォール
- ✕MP屈曲が不十分だと側副靱帯が緊張せず整復力が骨頭に伝わらない
- ✕整復は得られても維持が難しく再転位しやすい(頸部骨折の既知の難点)
- ✕整復後は必ず回旋を再評価する(角度矯正に気を取られ回旋を見落とさない)
- ✕伸筋腱の骨折部への嵌頓があると整復不能(irreducible)― 観血整復の適応
外固定(保存療法)
整復後は内在筋プラス肢位(intrinsic-plus position)で外固定する。第4・第5指を対象とする場合は尺側ガター(ulnar gutter)スプリント/ギプスを用いる。
外固定 — 尺側ガタースプリント(内在筋プラス肢位:MP 70〜90度屈曲・IP伸展)
- 肢位: MP関節70〜90度屈曲、PIP・DIP伸展位(内在筋プラス肢位)。MP側副靱帯の短縮拘縮を防ぐ。
- 範囲: 尺側2指(第4・第5指)を含める。手関節は軽度背屈位。
- 期間: 3〜4週間を目安に外固定し、以後可動域訓練へ移行(骨折安定性により調整)。
- 経過観察: 固定後1週前後に再転位の有無をX線で確認する。
経皮的固定 ― 順行性髄内Kワイヤー(antegrade / Foucher法)
適応: 整復可能だが維持困難な不安定型頸部骨折。低侵襲で伸筋腱障害・関節拘縮を回避しやすく、第5中手骨頸部骨折で広く用いられる。
- 挿入点: 中手骨基部背側に小切開を置き、基部皮質にawlで開口する。
- 髄内ワイヤー挿入: 先端を屈曲させた1〜3本のKワイヤー(bouquet法)を髄腔内に順行性に挿入する。
- 骨頭骨片への刺入: 透視下にワイヤー先端を頸部を越えて骨頭骨片内へ進め、掌側傾斜を矯正・維持する。
- 回旋確認: 能動的に評価できない麻酔下では、腱固定効果(tenodesis)による指列アライメントを確認する。
⚠️ 順行性髄内Kワイヤーのピットフォール
- ✕基部挿入点の設定不良による皮質穿破
- ✕ワイヤー本数不足による回旋・角度の維持不良
- ✕骨頭関節面へのワイヤー突出(透視での過挿入確認必須)
- ✕刺入部の伸筋腱・感覚枝損傷
経皮的固定 ― 逆行性交差Kワイヤー(retrograde crossed K-wire)
適応: 髄内固定が困難な場合や隣接中手骨への固定(transverse pinning)を要する不安定例の代替。骨頭側または頸部から交差状にKワイヤーを刺入し固定する。回旋制御に留意し、必要に応じ隣接する安定中手骨へ横止めする。
プレート/スクリュー固定(観血的整復)
適応: 整復不能例(伸筋腱嵌頓など)、開放骨折、著明な短縮・粉砕、多発中手骨骨折で強固な固定を要する場合。背側アプローチで骨折部を展開し、低背プレートや髁部プレートで固定する。強固な固定で早期運動が可能な反面、伸筋腱癒着・MP関節拘縮のリスクが高く、頸部骨折では第一選択とはなりにくい。
⚠️ プレート固定のピットフォール
- ✕伸筋腱直下のインプラントによる癒着・可動域制限
- ✕短い遠位骨片へのスクリュー把持不良
- ✕過度の軟部剥離による骨頭血流障害
- ✕整容目的のみの適応拡大は避ける(低侵襲法を優先)
術後管理
術後X線像(PA / 斜位)— 整復位・掌側傾斜矯正・インプラント設置確認
外固定・後療法: 保存療法では3〜4週の外固定後に可動域訓練へ移行。経皮ピンニング例では術後早期からハンドセラピストによる保護下自動運動を開始し、Kワイヤーは概ね術後3〜4週で抜去する(骨癒合と刺入部感染リスクを勘案)。
可動域訓練: MP関節屈曲拘縮の予防を最優先とする。内在筋プラス肢位での固定と早期のMP屈曲・IP伸展運動でナックル可動域を維持する。
回旋変形の再評価: フォロー各時点で能動屈曲位の指列アライメント(指交差の有無)を必ず確認する。角度の残存よりも回旋残存が機能予後を左右する。
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、必要に応じNSAIDsを併用。
フォローアップ
- 術後(固定後)1週: 再転位の有無をX線で確認
- 3〜4週: 骨癒合の初期評価、外固定除去/Kワイヤー抜去、可動域訓練開始
- 6週: 骨癒合・可動域・握力・回旋アライメント評価
- 3ヶ月: 最終可動域・握力・整容評価
予後
関節外骨折であり、多くの症例で良好な機能予後(可動域・握力)が得られる。保存療法と手術療法で最終的な患者満足度は同等との報告が多いが、手術例は残存傾斜角がより小さい一方、リハビリ期間・休業期間が長い。回旋変形を残さなければ、比較的大きな掌側傾斜が残っても機能的支障は少ないとされる。
- 骨癒合:関節外単純型では良好
- 主な後遺障害:MP関節拘縮・ナックル陥凹(整容)・回旋残存(機能)
- 生体力学的には30度の掌側傾斜で握力・可動域の低下を示唆する報告があるが、臨床的許容角度との乖離がある
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1骨レベルのAOコードを確認(中手骨=77)。手(領域7)は型letter・群番号を用いず、部位(neck)+関節外単純型の記述で把握する
- 2回旋変形の有無を能動屈曲位で評価したか(最重要・角度より優先)
- 3掌側傾斜角を側面/回内斜位像で計測し、該当中手骨の許容範囲と照合したか
- 4開放創(fight bite)の有無と伸筋腱・MP関節波及を確認したか
- 5治療方針を把握(第一選択は保存療法+Jahss整復+内在筋プラス肢位外固定)
- 6手術適応(回旋変形・不安定・整復不能・開放・偽爪状変形)に該当しないか
- 7手術例の術式方針(低侵襲の順行性髄内Kワイヤーを優先、プレートは限定的)
文献
- Meinberg EG, Agel J, Roberts CS, et al. Fracture and Dislocation Classification Compendium—2018. J Orthop Trauma. 2018;32(Suppl 1):S1–S170.
- Management of Fifth Metacarpal Neck Fracture (Boxer's Fracture): A Literature Review. PMC7451089.
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767