第1中手骨基部の関節内partial articular(部分関節内)2-part脱臼骨折。掌尺側の小骨片(beak fragment=ビーク骨片)が前斜靱帯(anterior oblique ligament)によって大菱形骨に固定されたまま残り、母指中手骨の骨幹部が背側・近位・橈側へ亜脱臼する骨折脱臼である。母指手根中手(trapeziometacarpal, TMC)関節の関節内骨折の代表例。
AO/OTA 2018領域7(手)では中手骨は骨レベル 77、母指(第1)中手骨の基部(近位)に生じる関節内骨折として扱う。手(領域7)は長管骨のA/B/C型・群番号体系を用いず、base/shaft/neck/head+N-part(部分関節内/完全関節内など)の記述で分類する。Bennett骨折は基部の部分関節内(partial articular)骨折、完全関節内のY/T型(Rolando骨折)は同基部の完全関節内(complete articular)骨折であり、両者は区別される。長管骨のような荷重・回旋変形評価ではなく、母指のpinch/対立機能とTMC関節適合性が予後を規定する点が特徴である。
重症度・疫学
手骨折全体に占める割合: 母指基部骨折は全手骨折の約4%。男性に多い
母指骨折内の分布: 母指の骨折は中手骨基部に生じるものが多く、そのなかでBennett骨折は代表的な骨折型である。Rolando骨折はBennett骨折より頻度が低いとされる
受傷機転: 部分屈曲位の母指中手骨への軸圧(axial load on a partially flexed metacarpal)。スポーツ・転倒・殴打(ボクサー等)で多い。大菱形骨骨折や尺側側副靱帯損傷を合併することがある
分類(Bennett骨片のサイズ): Gedda分類(1954)— Type 1:中手骨亜脱臼を伴う関節内骨折、Type 2:亜脱臼を伴わない掌側骨片の嵌入、Type 3:小骨片+TMC関節完全脱臼
注意すべき合併症
- 外傷後TMC(母指手根中手)関節症:関節面不整合の遺残で長期的に増加(重大)
- 母指pinch力・対立機能の低下:整復不良例で顕著(機能障害)
- 再転位・整復消失:軸圧・筋牽引による(保存療法・pin固定で要注意)
- ピン刺入部感染・橈骨神経浅枝/橈骨動脈損傷:経皮pinningの合併症(要注意)
治療方針
⚠️ 保存療法(母指スパイカ固定)を選ぶ条件
- →関節面段差1mm未満かつ亜脱臼のない安定した非転位型
- →骨幹部亜脱臼が整復後に維持できる場合(透視で確認)
- →手術リスクが極めて高い、または活動性の低い患者
転位型(骨幹部亜脱臼あり/関節面段差1mm超)は再転位傾向が強く、原則として手術(整復+固定)が推奨される。 非転位型でも母指スパイカ固定後は連続X線で再転位を厳重にフォローする。
🔷 手術適応基準
- ℹ関節面段差(articular step-off)が1mmを超える転位型は手術適応
- ℹ骨幹部の背側・近位・橈側亜脱臼を認める場合は整復・固定が必要
- ℹ第一選択は closed reduction and percutaneous pinning(CRPP:閉鎖整復+経皮pinning)
- ℹビーク骨片が大きく整復維持が困難/関節内粉砕を伴う場合は ORIF(ラグスクリュー等)
- ℹ整復不能例・小骨片で内固定困難な例では創外固定も選択肢
📝 閾値に関する補足
- →関節面段差>1mm を手術適応の実務的閾値とする報告が主流
- →一方で生体力学的には2mmの段差までは関節接触圧が変化しないとの知見もあり(StatPearls)、症例ごとに亜脱臼の有無と機能要求で判断する
治療選択アルゴリズム — Bennett骨片サイズ・亜脱臼・関節面段差に基づく方針決定フロー
診断・評価
受傷後に母指基部(TMC関節部)の疼痛・腫脹・皮下出血、pinch(つまみ)動作痛、母指基部の変形を呈する。骨幹部が背橈側へ突出して触れることがある。
身体所見としてTMC関節部の圧痛、母指外転・対立の疼痛性制限が特徴的。尺側側副靱帯損傷(母指MP)や大菱形骨骨折の合併を必ず併せて評価する。
X線 — 母指正面(true AP: Robert view)像
X線 — 母指側面(true lateral)像
CT冠状断/3D再構成 — beak骨片サイズと関節面段差の評価
【必須】 母指正面(Robert view:前腕最大回内での母指true AP)・母指側面X線。掌尺側beak骨片と骨幹部亜脱臼、関節面段差を評価する。
【推奨】 CT(beak骨片のサイズ・粉砕・関節面段差の定量、Rolando=完全関節内型との鑑別)。ライブ透視での整復確認。
変形力(deforming forces)の理解
🔷 骨幹部を亜脱臼させる筋牽引
- ℹ長母指外転筋(abductor pollicis longus, APL):骨幹部を近位・背側・橈側へ牽引
- ℹ長母指伸筋(EPL)・短母指伸筋(EPB):近位・背側・橈側成分を追加
- ℹ母指内転筋(adductor pollicis):骨幹部を内転・回外方向へ牽引
- ℹ掌尺側beak骨片は前斜靱帯(anterior oblique ligament)で大菱形骨に固定され転位しない(=整復の"錨")
整復基準
✅ 許容される整復
- ✓TMC関節面の段差が1mm以下(可能な限り解剖学的整復)
- ✓骨幹部の背側・近位・橈側亜脱臼が解消していること
- ✓beak骨片と骨幹部の関節面が連続していること
- ✓母指の対立・外転可動域が確保されていること
❌ 許容されない変形
- ✕関節面段差が1mmを超える遺残
- ✕骨幹部亜脱臼の残存(背側・橈側偏位)
- ✕母指伸展(hitchhiker位)での固定 — 亜脱臼を増悪させる
手術手技
体位・整復手技
手術体位・透視セットアップ
仰臥位・上肢外転(hand table)。透視(mini C-arm)を使用。整復は骨幹部を掌側に押し込みながら行う。
🔷 整復手技(軸牽引・掌側外転・回内・基部背側圧迫)
- ℹ母指中手骨への軸牽引(longitudinal traction)
- ℹ掌側外転(palmar abduction)
- ℹ母指中手骨の回内(pronation)
- ℹ骨幹部基部背側への直接圧迫
- ℹ母指伸展(hitchhiker位)は亜脱臼を招くため回避する
アプローチ/整復のポイント(透視像)
CRPP(closed reduction and percutaneous pinning)
適応: 転位型Bennett骨折の第一選択。beak骨片が小さい(概ね関節面の20%未満)/整復良好で経皮的に維持可能な症例。
- 整復: 上記の整復手技(軸牽引・掌側外転・回内・基部背側圧迫)で骨幹部亜脱臼を整復し、ライブ透視で複数方向(Robert view・側面)から関節面適合を確認する。
- 1本目のK鋼線: 0.045インチ(1.1mm)K鋼線を母指中手骨橈側基部から刺入し、大菱形骨(または残存beak骨片)へ通す。Bennett骨片自体は小さく直接把持が難しいため、骨幹部を整復位に保持する形で刺入する。
- 2本目のK鋼線: 母指中手骨と示指中手骨(第2中手骨)間に intermetacarpal pin を追加し、整復位を補強する。
- 透視確認: 関節面段差1mm以下・亜脱臼消失を多方向live透視で最終確認する。
- 後療法固定: 母指スパイカ(thumb spica)で外固定。pinは通常4週間留置後に抜去し、以後可動域訓練を開始する。
⚠️ CRPP ピットフォール
- ✕beak骨片を関節面と勘違いして固定 — 段差遺残に注意
- ✕母指伸展位での刺入による亜脱臼残存
- ✕橈骨神経浅枝・橈骨動脈・APL/EPL腱の刺入時損傷
- ✕pin弛緩・刺入部感染(4週で抜去、刺入部ケアを徹底)
ORIF(open reduction internal fixation)
適応: beak骨片が大きい(概ね関節面の20〜30%以上)/経皮整復が維持できない/整復不能例。Wagner進入(母指基部掌橈側の弧状切開)で展開する。
- 進入: Wagner incisionでthenar筋膜を分け、TMC関節・骨折部を展開。橈骨神経浅枝を保護する。
- 整復: 直視下にbeak骨片と骨幹部の関節面を解剖学的に整復し、仮固定(K鋼線)。
- 内固定: 骨片サイズに応じて interfragmentary lag screw(1.5/2.0mm)または K鋼線で固定。関節面段差1mm以下を直視・透視で確認。
- 後療法: 強固なスクリュー固定が得られれば、母指スパイカ後に比較的早期(概ね5〜10日)から保護下ROMを開始できる。
⚠️ ORIF ピットフォール
- ✕小骨片へのスクリュー刺入による骨片破砕 — 小骨片ではpin/創外固定を選択
- ✕関節面の段差遺残(直視下でも透視多方向確認を怠らない)
- ✕橈骨神経浅枝損傷による母指背側のしびれ・神経腫
術後管理
術後X線(AP / Lateral)— TMC関節適合・整復位・インプラント位置の確認
外固定: 母指スパイカ(thumb spica)。CRPP(pin留置)例はpin抜去(約4週)まで固定を継続。
可動域訓練: pin固定例はpin抜去(約4週)後にTMC・母指ROMを開始。強固なスクリュー固定例は約5〜10日から保護下ROMを開始。
回旋・pinch機能チェック: 母指の対立(opposition)・外転可動域と、pinch/grip力の回復を経時評価する。母指の回旋アライメント(爪の向き・対立時の指腹接触)を確認し、回内不足による対立障害を見逃さない。
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、必要に応じNSAIDsを併用(腎・消化管リスクに配慮)。
フォローアップ
- 術後1〜2週: 創部・刺入部確認、X線(整復位・pin位置)
- 術後4週: X線で骨癒合傾向を確認し、pin抜去・ROM開始
- 術後6〜8週: 骨癒合評価、母指外転・対立・pinch力の評価
- 術後3ヶ月〜: 最終可動域・pinch力評価、TMC関節面段差と外傷後関節症の有無を評価
予後
解剖学的整復が得られた症例の成績は良好。関節面の段差を1mm以下に整復できるかが長期予後を左右する。
- 解剖学的整復(段差<1mm):長期に約86%が無症状と報告される(StatPearls)
- 整復不良(段差>1mm):長期に無症状は約46%
- 主要な長期合併症:外傷後TMC関節症(malreduction例で増加)
- 機能予後:母指pinch/対立機能の回復が実用的アウトカムを規定する
CRPPとORIFは、いずれも解剖学的整復が得られれば臨床成績に有意差はないとする報告が多い。整復の質が術式選択そのものより重要である。
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(骨レベル77=中手骨。Bennettは第1中手骨・基部の部分関節内骨折)
- 2Rolando(完全関節内Y/T型)との鑑別ができているか
- 3関節面段差(>1mmで手術適応)と骨幹部亜脱臼の有無を評価したか
- 4変形力(APL・EPL・母指内転筋の牽引/beak骨片は前斜靱帯で固定)を理解しているか
- 5整復手技(軸牽引+掌側外転+回内、母指伸展=hitchhiker回避)を把握したか
- 6術式方針(第一選択CRPP、大骨片/整復維持困難はORIF、小骨片/整復不能は創外固定)
- 7合併損傷(大菱形骨骨折・母指尺側側副靱帯損傷)を除外したか
- 8術後の回旋・pinch機能フォロー計画(外傷後TMC関節症の監視)を立てたか
文献
- Carlsen BT, Moran SL. Thumb trauma: Bennett fractures, Rolando fractures, and ulnar collateral ligament injuries. J Hand Surg Am.
- Bennett EH. Fractures of the metacarpal bones. Dublin J Med Sci. 1882.
- Gedda KO. Studies on Bennett's fracture: anatomy, roentgenology, and therapy. Acta Chir Scand Suppl. 1954.
- Base of Thumb Fractures: A Review of Anatomy, Classification, and Management. PMC11785513.
- Bennett Fracture. StatPearls, NCBI Bookshelf NBK500035.
- Meinberg EG, Agel J, Roberts CS, Karam MD, Kellam JF. Fracture and Dislocation Classification Compendium—2018. J Orthop Trauma. 2018;32(Suppl 1):S1-S170.