臼蓋のT字型骨折(AO分類62-B2)は、横骨折に加えて閉鎖孔を分ける垂直な骨折線があり、下方の骨片が前後2つの骨片に分離する骨折型 で、すべての骨折型のなかで最も治療が難しいとされる[4] 。Letournel分類ではT字型骨折(T-shaped fracture)として複合骨折型(associated fracture type)に分類される[2] 。手術アプローチは通常Kocher-Langenbeckが選ばれ、整復に特別な困難が予想される場合は拡大腸骨大腿アプローチが選ばれうる[2] 。前方進入法で前柱を整復・プレート固定し、後柱を間接的に整復してスクリュー固定する戦略を好む外科医もいる[4] 。
重症度・疫学
頻度: 受傷後3週以内に手術した寛骨臼骨折262例(他院からの紹介例が95%)では、T字型骨折は31例(12%)を占めた[2]
好発: 寛骨臼骨折は若く活動的な人の高エネルギー外傷でよくみられるが、ここ20〜30年で高齢患者も増加している[4]
受傷機転: 寛骨臼骨折は大腿骨を介した介達外力で生じ、大転子、膝屈曲位、または膝伸展位での足部への衝撃による[4] 。手術例の受傷機転は交通事故(70%)、歩行者の交通事故(13%)、転落(14%)が多い[2]
分類との対応: AO/OTA 62-B2 = Letournel分類の複合骨折型「T字状」。62Bは部分関節内の横骨折型で、完全関節内の両柱骨折(62C)とは区別される[4]
注意すべき合併症
坐骨神経損傷:寛骨臼骨折に伴い術前に診断される頻度は12〜38%。腓骨神経領域が最も危険にさらされる[4]
外傷後変形性関節症(OA):手術例の約20%に生じ、長期合併症のなかで最も多い[3] 。整復位の良否に直接関係する[4]
大腿骨頭壊死(AVN):観血的手術後の頻度は3〜9%[4]
異所性骨化(HO):症状の有無を問わなければ観血的内固定後に最も多い合併症で、頻度は18〜90%[4] 。予防には1日1回インドメタシン75 mg(持続放出性錠)の6週間経口投与、または単発の低量放射線照射(800 cGy)が有効[4]
深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓(PE):スクリーニングで検出される近位静脈DVTは約30%。PEは全体の1.7%、致命的PEは0.3%[4]
術後感染:感染率は4〜5%で、拡大進入法のほうが高率[4]
治療方針
T字型骨折は閉鎖孔を分ける垂直な骨折線によって下方の骨片が前後2つに分離しており、すべての骨折型のなかで最も治療が難しい[4] 。関節面の転位、関節不適合、許容できないroof arc(角)が手術適応 となる[4] 。解剖学的整復は時間の経過とともに困難になるため、1週間以上の待機は可能な限り避ける[4] 。
⚠️ 保存療法
→ 転位のない骨折(多くは股関節の求心性が良好で安定しており、手術を回避できる)[4] → 重篤な合併疾患が併存している患者(保存的治療、または最小侵襲・経皮的固定を検討)[4] → 管理:下肢牽引(骨格牽引 4〜6週)+荷重制限 12週。X線・CT週1〜2回フォローし転位増大時は手術へ
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 関節面の転位・関節不適合・許容できないroof arc → 手術適応[4] ℹ 前方進入法(一部の外科医が好む戦略)→ 前柱を観血的に整復・プレート固定し、後柱は間接的に整復してスクリューで固定[4] ℹ T字型骨折の多く → Kocher-Langenbeckアプローチ(通常の選択)[2] ℹ 整復に特別な困難が予想される例(臼蓋天蓋を横切る横骨折成分、T字の縦成分の大きな離開、恥骨結合脱臼や対側恥骨枝骨折の合併)→ 拡大腸骨大腿アプローチ(extended iliofemoral approach)[2] 。前方および後方進入法の併用が必要となることもある[4] ℹ 高齢患者で、重篤な変形性関節症・関節内粉砕・大腿骨頭の嵌入または損傷・臼蓋関節面の40%を超える嵌入などを伴う場合:一期的人工関節置換を考慮(重度の骨粗鬆症では強固な固定が難しいこともある)[4]
治療選択アルゴリズム — T字型臼蓋骨折の骨折パターン別アプローチ選択フロー
診断・評価
身体所見: 正確な神経学的評価は必須である。坐骨神経では腓骨神経領域が最も危険にさらされるため、足関節の背屈と外返しを手術前後に評価し記録する。股関節脱臼を合併している場合は直ちに整復し、安定性を評価する[4] 。
X線所見: 骨盤正面像に加え、患側股関節正面像、腸骨斜位像(後柱と前壁)、閉鎖孔斜位像(前柱と後壁)を撮影する。腸骨坐骨線(ilioischial line — 後柱)・腸骨恥骨線(iliopectineal line — 前柱)などのX線ランドマークの連続性は、正面像だけでなく45°斜位像でも評価する[4] 。
62-B2の診断ポイント
骨盤正面像・Judet 2斜位(閉鎖孔斜位・腸骨斜位)で両柱を評価する。CTと3D-CTは関節の粉砕度やstep off、関節面陥没骨折、前柱および後柱の回旋と転位、関節内骨片や大腿骨頭骨折の確認に役立ち、骨折線の位置を理解することで術前計画や外科的進入法の選択が容易になる[4] 。
骨盤AP単純X線像 — T字型臼蓋骨折(横骨折線+縦骨折線・前後両柱途絶)
骨盤Judet斜位像(閉鎖孔斜位・腸骨翼斜位)— 前柱・後柱の転位評価
骨盤CT(冠状断・軸位断)+3D再構成 — T字骨折パターン・骨頭偏位・関節内遊離体の評価
✅ 許容される整復(術後)
✓ 関節面の転位 0〜1mm(解剖学的整復)。2〜3mmの不完全整復は解剖学的整復より臨床成績が劣る[2] ✓ 大腿骨頭と臼蓋荷重部(roof)の適合(術後の適合性は臨床成績の強い予測因子)[2] 。CTは関節面の適合性の判定にも有用[4] ✓ 術後の骨盤正面像と45°斜位像(Judet)の3方向で、寛骨臼・寛骨の正常なX線上の線における最大の残存転位が0〜1mm(解剖学的整復)[2] ✓ 関節内遺残骨片の確認(坐骨内側面を指で触れながら股関節を動かして轢音がある場合は、関節内遺残骨片または関節内インプラントの存在を示唆する)[4]
❌ 許容されない変形
✕ 1〜2mmを超える転位の残存(進行性の外傷後変形性関節症と機能不良につながりうる)[2] ✕ 関節面の不適合(1〜2mm以上の転位と同様に不満足とされる)[4] ✕ 股関節の整復不良や亜脱臼の残存(関節軟骨への異常な負荷となり、変形性関節症に至る)[4] ✕ 関節内遺残骨片・関節内インプラントの見落とし(閉創前に透視・術中撮影と坐骨内側面の触診で確認する)[4]
手術手技
体位
手術体位 — Kocher-Langenbeckアプローチ(側臥位)または腸骨鼠径アプローチ(仰臥位)
後方アプローチ(Kocher-Langenbeck):腹臥位または側臥位 。後壁・後柱骨折では側臥位でもよいが、T字型骨折では下肢の重さが整復操作の妨げとなるため腹臥位が好まれることもある。放射線透過台を用い、膝は坐骨神経が緩むように屈曲させ、透視装置は執刀医の対側から導入する[4] 。
前方アプローチ(腸骨鼠径):仰臥位 。放射線透過台に仰臥位とし、胸部中央から腹部全体、患側の下肢全体を消毒・ドレーピングして自由に動かせるようにする。整復は透視と術中撮影(骨盤正面像・閉鎖孔斜位像・腸骨斜位像)で評価する[4] 。
Kocher-Langenbeckアプローチ — 後柱優位型の第一選択
適応: T字型骨折では通常Kocher-Langenbeckアプローチが選ばれ、後壁骨折にも同アプローチが用いられる[2] 。後方進入法での固定の成否は、術者が大坐骨切痕から前柱を触知できるかどうかにかかっている[4] 。
Kocher-Langenbeckアプローチ — 後柱・臼蓋後壁の術野展開と固定
体位・切開: 腹臥位(T字型骨折では下肢の重さが整復の妨げとなるため)または側臥位。大転子の後方半分を中心に、遠位は大腿骨骨幹部に沿って約8cm、近位は上後腸骨棘へ向かってカーブしてさらに8cm切開する[4]
大殿筋の展開: 大腿筋膜と大殿筋筋膜を切開し、筋を愛護的に鈍的に分ける。股関節を内旋して短外旋筋群(梨状筋・内閉鎖筋・双子筋)に糸をかけ、内側大腿回旋動脈を損傷しないよう大腿骨付着部より1.5cm近位で切離反転し、大腿方形筋は温存する。坐骨神経を同定・保護する[4]
臼蓋後方の露出: 大坐骨切痕と小坐骨切痕に鈍なレトラクタをかけて臼蓋後方表面全体を展開し、大坐骨切痕から出る上殿神経血管束を同定・保護する。大型ディストラクタで股関節を牽引すると、関節の展開と関節内骨片の除去が可能となる[4]
後柱骨折の整復: まず後柱を整復して仮止めする。後柱のインプラントを前柱にまで挿入すると、その後の前柱の整復は不可能ではないが困難になる。整復は透視と術中撮影(骨盤正面像・閉鎖孔斜位像・腸骨斜位像)で評価する[4]
T字縦成分の前柱整復: 分離した前柱骨片は後柱骨片の操作では動かせないため、後柱を仮止めした後、坐骨切痕を通して整復鉗子をかけて前柱骨片を整復する[4]
後柱プレート固定: 単純横骨折(type B1)と同様に、後方圧迫プレートとラグスクリューで最終固定する(後柱のインプラントが前柱まで入ると前柱の整復が困難になる)[4]
透視最終確認: AP・閉鎖孔斜位・腸骨翼斜位で整復位・スクリュー位置・関節面を確認
⚠️ Kocher-Langenbeckアプローチのピットフォール
✕ 医原性の坐骨神経損傷・術前からあった障害の増悪[4] ✕ 前柱骨片の整復不足(後柱骨片の操作では分離した前柱骨片を動かせず、大坐骨切痕から前柱を触知して操作する必要がある)[4] ✕ T字型に後壁骨折を合併した例(14股)は不良例の割合が最も高かった(優3・良5・可1・不可5)が、例数が少なく有意ではない[2] ✕ スクリューの関節面貫通(透視AP像・Judet斜位での確認必須)
腸骨鼠径アプローチ — 前柱優位型
適応: T字型骨折に対し、前方進入法で前柱を観血的に整復・プレート固定し、後柱は間接的に整復してスクリューで固定する戦略(一部の外科医が好む)[4] 。
体位・切開: 仰臥位。腸骨稜中央から上前腸骨棘に向かってカーブし、鼠径靱帯と平行に恥骨結合上方2cmに至る皮切(ilioinguinal incision)[4]
4つの窓の展開: 腸骨鼠径進入法を完全に展開すると、外側(腸腰筋の外側)・中央(腸腰筋/大腿神経と外腸骨動静脈の間)・内側(外腸骨動静脈と精索の間)・最内側(精索の内側)の4つの解剖学的な窓から前柱にアプローチできる[4]
前柱の整復・固定: 前方進入法で前柱を観血的に整復し、プレートで固定[4]
後柱の固定: 後柱は間接的に整復し、その後スクリューを挿入して固定[4]
拡大腸骨大腿アプローチ(Extended iliofemoral approach)— 複合型
適応: T字型骨折で整復が特に難しいと予想される場合に選択する(臼蓋天蓋を通る横骨折成分、T字縦成分の大きな離開など)[2] 。
体位: 側臥位[2]
切開: 後上腸骨棘から腸骨稜に沿って上前腸骨棘を通り、大腿前外側面に沿って遠位へ延ばす逆J字切開[4]
前後柱の展開: 腸骨内側窩と臼蓋をさらに展開するには縫工筋と大腿直筋直頭を骨膜下に剥離するか腸骨棘を骨切りし、局所的な関節切開で臼蓋関節面を展開する[4]
前柱・後柱の固定: 前後両柱を整復し、通常は3.5mmリコンストラクションプレートと皮質骨スクリューで固定する[4]
⚠️ 拡大腸骨大腿アプローチのピットフォール
✕ 術後異所性骨化(HO)のリスクが前方・後方単独の進入法より増える → 1日1回インドメタシン75 mg(持続放出性錠)の6週間経口投与、または単発の低量放射線照射(800 cGy)で予防[4] ✕ 上殿神経・上殿動脈損傷(解剖的な走行の把握が必須) ✕ 術後感染率が他アプローチより高い(手術侵襲大) ✕ 大転子骨切り部の不癒合(再固定スクリューの品質確認必須)
術後管理
術後骨盤X線像(AP・Judet斜位)— T字型臼蓋骨折ORIF後(前後柱プレート固定)
手術タイミング: 解剖学的整復は時間の経過とともに困難になるため、1週間以上の待機は可能な限り避ける。手術までの待機が2〜3週間以上になった場合は拡大進入法が望ましい。股関節脱臼の合併は緊急で、直ちに整復する[4]
術後荷重: 松葉杖を使用したつま先接地荷重歩行を許可し、その後6〜8週間は荷重を増やさない。術後3か月でX線像上の骨癒合傾向があれば徐々に全荷重まで許可する[4]
VTE予防: 術後は血栓塞栓症に対する予防的薬剤投与が推奨される[4]
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本。NSAIDsは短期(異所性骨化予防を兼ねるが骨癒合阻害リスクに注意)。硬膜外麻酔は急性期のみ。オピオイドは最小限
リハビリテーション: 松葉杖を使用したつま先接地荷重歩行を許可し、筋力強化訓練と歩行訓練を理学療法士とともに始める[4]
フォローアップ
術後: 骨盤正面像・閉鎖孔斜位像・腸骨斜位像を撮影し、整復位の良否やスクリューの関節内穿孔の有無が単純X線で確かめられない場合はCTを撮影[4]
術後6〜8週まで: 荷重を増やさない。拡大腸骨大腿進入法・大転子骨切り術の後は自動外転を禁止する[4]
術後3か月: X線像上の骨癒合傾向があれば徐々に全荷重へ移行[4]
術後6ヶ月・1年・2年: 臨床評価とX線評価を行い、以後は関節症があれば毎年、問題が無いか軽微なら2年ごとに評価した報告がある[2]
外傷後変形性関節症により人工股関節全置換術または関節固定術が必要となることがある[2]
予後
骨癒合: 受傷後3週以内にORIFを行った系列で偽関節は無かった[2]
外傷後変形性関節症: 1〜2mmを超える転位が残ると進行性の外傷後関節症につながりうる[2]
大腿骨頭壊死(AVN): 観血的手術後の頻度は3〜9%[4]
異所性骨化(HO): 20%以上の可動域低下を伴う中等度〜高度のHOは、拡大腸骨大腿進入法の後20%・Kocher-Langenbeck進入法の後8%・腸骨鼠径進入法の後2%[2]
神経麻痺: 受傷時(32股)または手術時(9股:坐骨神経2・大腿神経1・腓骨神経6)に神経麻痺を生じた41股の臨床成績は、麻痺の無い例と同程度(優・良76%)[2]
良好転帰(Merle d'Aubigné変法で優〜良): 解剖整復例で40歳未満85%・40歳以上73%[2]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(62-B2 = 臼蓋骨折・T字型 / Letournel T-type fracture) 2 X線・CT(3D)でT字の横骨折線と、閉鎖孔を分けて下方骨片を前後2つに分ける垂直骨折線を確認[4] 3 前後両柱(iliopectineal line・ilioischial line)の連続性途絶を確認 4 股関節の同心円的整復と関節内遊離体の有無を評価 5 アプローチを選択(T字型は通常Kocher-Langenbeck、整復が特に難しいと予想されれば拡大腸骨大腿)[2] 6 坐骨神経障害の有無を記録(術前神経学的評価必須) 7 手術タイミング確認(解剖学的整復は時間とともに困難になるため、1週間以上の待機は可能な限り避ける)[4] 8 異所性骨化(HO)予防計画を確認(インドメタシン or 放射線療法)
文献
Letournel E, Judet R(1993)Fractures of the Acetabulum(2nd ed). Springer-Verlag.
Matta JM(1996)Fractures of the acetabulum: accuracy of reduction and clinical results in patients managed operatively within three weeks after the injury. J Bone Joint Surg Am, 78-A:1632–45. PMID: 8934477
Giannoudis PV, et al.(2005)Operative treatment of displaced fractures of the acetabulum. A meta-analysis. J Bone Joint Surg Br, 87:2–9. PMID: 15686228
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767