尺骨近位端の部分関節内骨折のうち、骨折線が肘頭の関節面を横断する単純(2骨片)型骨折。AO分類21-B1(前腕近位部・部分関節内・肘頭骨折・横骨折単純型)に相当し、上腕三頭筋の牽引力によって骨折片が近位に転位しやすいことが最大の特徴。適切な手術的固定なしには肘関節の伸展力喪失をきたすため、転位性骨折に対しては原則として手術療法が選択される。代表的固定法は張力帯ワイヤリング(TBW)であり、三頭筋の収縮力を骨折面の圧縮力に変換する生体力学的メカニズムにより早期可動域訓練が可能となる。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 前腕近位部骨折の中では最も頻度が高い。全骨折の約0.8〜1.0%。日本国内の明確なデータは限られるが、欧米では10万人あたり年間11.5件程度
好発: 中高年(50〜70代)と若年成人(スポーツ外傷)の二峰性。女性にやや多い。骨粗鬆症合併例では骨折パターンが複雑化する傾向あり
受傷機転: 直達外力(肘部への直接打撃・転倒時の肘を下にした着地)と介達外力(肘伸展位での転倒時に三頭筋が強収縮する「急性牽引骨折」)の2型。高齢者では低エネルギー転倒が多く、若年者では高エネルギー外傷(スポーツ・交通事故)が多い
治療方針: 転位性肘頭骨折には手術療法が推奨され、非転位骨折のみ保存療法が検討される
注意すべき合併症
- 金属インプラント刺激・皮膚突出:TBW後に30〜80%で発生。皮下に位置するためインプラント除去が必要になることが多い
- 外傷後関節拘縮(伸展制限):術後可動域訓練の遅延で発生。早期リハビリが最大の予防策
- 骨癒合不全(偽関節):約2〜5%。特に骨粗鬆症合併例・不十分な固定で発生
- 感染:創部感染1〜2%(皮下インプラント部に多い)
- 尺骨神経障害:約2〜4%。内側展開時の直達損傷または術後の神経周囲瘢痕による
- 肘頭インプラント移動(K-wire migration):TBW後にK-wirが近位に移動し関節内に迷入するリスク(前皮質貫通が防止に重要)
治療方針
骨折の転位量・患者の年齢・活動度・骨質を考慮して術式を選択する。転位 ≦2 mmの非転位骨折のみ保存療法の対象となる。
⚠️ 保存療法(限定的適応)
- →骨折転位が ≦2 mm かつ肘関節伸展力が保たれている(三頭筋付着部が温存されている)場合
- →重篤な内科的合併症で麻酔リスクが極めて高い場合(ASA分類IV以上)
- →保存療法の場合:肘関節伸展位(0〜30°)でのロングアームシーネ固定、2〜3週後から段階的な屈曲訓練開始
- →週1回のX線フォローで転位増大がないことを確認(転位増大 → 手術へ切り替え)
🔷 手術適応基準・術式選択
- ℹ骨折転位 >2 mm → 手術適応
- ℹ三頭筋付着部の離断(伸展力喪失)→ 緊急に手術適応
- ℹ第一選択:張力帯ワイヤリング(TBW)— 横骨折・斜骨折・単純2骨片型に適応。早期可動域訓練可能
- ℹ代替術式:プレート固定(locking plate)— 骨粗鬆症合併例・骨折が遠位に及ぶ例・高齢者に推奨
- ℹ骨粗鬆症が強い場合はロッキングスクリュー付きプレートを選択
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診断・評価
肘部の腫脹・疼痛・皮下出血(後方)・肘関節伸展障害(完全伸展不能)が主な身体所見。骨折端が皮下に触知されることもある。転位例では肘関節後方に陥凹を認める。
必須画像: 肘関節正面X線・側面X線(骨折線の方向・転位量・関節面の評価)
推奨: CT(粉砕の評価・複雑骨折との鑑別・コロノイド突起合併骨折の確認)
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AO/OTA 2U1-B1 分類の特徴(側面X線): 骨折線が肘頭の関節面に対してほぼ直角(横方向)に走行。近位骨片(上腕三頭筋付着部を含む)が上腕三頭筋の牽引力により近位に転位する。関節面の骨折片が2つ(単純型)であることが特徴。
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✅ 許容される整復
- ✓関節面の転位 ≦2 mm(X線側面像)
- ✓肘頭関節面のステップが消失している(同一平面)
- ✓肘関節伸展力が回復している(三頭筋機能確認)
- ✓TBW固定後:屈曲90°位でのX線で骨折面に圧縮が確認できる
❌ 許容されない変形
- ✕関節面の転位 >2 mm のまま保存(外傷後変形性関節症リスク)
- ✕三頭筋付着部の離断の見落とし(伸展力喪失を見過ごす)
- ✕コロノイド突起合併骨折・橈骨頭骨折の見落とし(「terrible triad」の除外)
手術手技
体位
側臥位または腹臥位(後方アクセス): 患者を側臥位とし、肘を手術台の端に置いて120°屈曲位を保持。腹臥位では患肢を前方に伸ばし肘を屈曲。放射線透過性の手台を使用して術中透視(C-arm)が可能な環境を整える。
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張力帯ワイヤリング(TBW)— 第一選択
適応: 横骨折・近位斜骨折の単純2骨片型(21-B1)。骨折面に圧縮力を生み出し、早期可動域訓練を可能にする。
生体力学的原則: 上腕三頭筋の収縮力(引張力)を骨折部の圧縮力に変換することで、屈曲時に骨折面が圧迫され安定した固定が得られる。
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- アプローチ: 肘頭後面を縦に切開(6〜10 cm)。上腕三頭筋腱と尺骨後面の骨膜を展開。骨折端を露出し、関節内遊離体・骨片の確認を行う
- 整復: 骨折面を清掃(血腫・骨片の除去)後、骨折を解剖学的位置に整復する。ポインテッドリダクションフォーセップスで仮固定
- K-wire刺入: 1.6 mm K-wireを2本、肘頭尖端から尺骨髄腔方向に平行に刺入。前皮質を貫通させること(前皮質貫通しないとK-wireが近位に移動するリスクあり)。K-wire先端は前皮質から3〜4 mm突出させる
- 経骨孔作製: 骨折線より約40 mm遠位の尺骨後皮質に、2.0 mm ドリルで横方向(内側→外側)に貫通孔を作製する
- ワイヤー挿入: 1.2 mm(18 G)の軟鋼ワイヤーを経骨孔に通し、「8の字」パターンでK-wireの先端部(近位側)を囲む。ワイヤーはK-wire基端部(遠位端)の外側を経由して8の字を形成する
- ワイヤー締結: ワイヤーの両端を絞り込み、張力を均等に確保。締結部(ノット)は骨面から浮かないよう骨面に密着させる。K-wire尖端部を90°折り曲げてカットし、尺骨皮質に打ち込んで皮膚刺激を防ぐ
- 最終確認: 術中透視でK-wireの関節内突出なし・整復位の維持を確認。肘を屈曲させて骨折面への圧縮効果を動態透視で確認する
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⚠️ TBW ピットフォール
- ✕K-wireの前皮質非貫通 → 近位移動・関節内迷入(最も重篤な合併症)
- ✕8の字ワイヤーの緊張不足 → 骨折部の安定性低下・再転位
- ✕経骨孔が骨折線に近すぎる(40 mm 以上遠位が目安)→ 骨折線延長リスク
- ✕ワイヤーの締結部が皮膚直下に飛び出す → インプラント刺激・皮膚びらん(締結部を骨面に密着)
- ✕粉砕骨折・遠位延長骨折にTBWを選択 → 不安定固定(→ プレート固定へ変更)
- ✕骨粗鬆症合併例でTBWのみ選択 → 骨内固定力不足(→ ロッキングプレート推奨)
プレート固定(ロッキングプレート)— 代替術式
適応: 骨粗鬆症合併例・遠位に及ぶ骨折・TBW不適例(粉砕型は21-B2/B3として別途検討)・高齢者。TBWより固定強度が高く、骨質不良例でも安定固定が得られる。
体位・アプローチ: TBWと同様(後方縦切開)。
- 展開: 尺骨後面の骨膜を骨折線の近位・遠位に剥離。最小限の軟部組織剥離で血流を温存する
- 整復: 解剖学的整復後にK-wireで仮固定(術中透視で確認)
- プレート選択・設置: 解剖学的ロッキングプレート(LCP)または再建プレートを尺骨後面(背側面)に設置。近位骨片に3本以上、遠位骨幹部に3本以上のスクリューが入る長さを選択
- 近位固定: 肘頭尖端側(近位骨片)にロッキングスクリューを3本挿入。関節内穿通がないことを透視で確認
- 遠位固定: 皮質骨スクリューまたはロッキングスクリューを骨折線を越えて遠位骨幹部に3本以上挿入
- 最終確認: 術中透視(正面・側面)で整復位・スクリュー位置・関節内突出なしを確認
⚠️ プレート固定ピットフォール
- ✕近位スクリューの関節内穿通 → 関節軟骨損傷(透視確認が必須)
- ✕プレート長不足 → 近位・遠位ともに3本以上確保が必要
- ✕軟部組織の過度な剥離 → 骨頭血流障害・骨癒合遅延
- ✕骨移植の省略(大きな骨欠損あり)→ 骨癒合不全
術後管理
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手術タイミング: 受傷後早期(受傷後24〜48時間以内)が推奨。腫脹が強い場合は5〜7日待機して軟部組織の状態を改善してから手術する場合もある。オープン創・神経血管損傷合併例は緊急手術
術後荷重: 肘関節は非荷重関節のため荷重制限なし(上肢の荷重は骨癒合確認まで制限)。術翌日から手・手首の積極的可動域訓練を開始
固定後可動域訓練: TBW後は術翌日〜3日以内に肘屈曲訓練を開始(早期可動域が重要)。プレート固定後も同様に早期屈曲訓練を開始(3日以内)
VTE予防: 上肢骨折のためDVT/PEリスクは低い。臥床期間が長い例では必要に応じて弾性ストッキング・抗凝固薬を検討
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、NSAIDsまたは短期オピオイドを補助的に使用。神経ブロック(上腕神経叢ブロック)は術後疼痛管理に有効
リハビリテーション: 術翌日から手・手首の自動運動。3日以内に肘屈曲(0→90°)の自動補助運動を開始。6週以降に段階的に完全可動域を目指す
フォローアップ
- 術後2週: X線(整復位・K-wire位置の確認)、創部評価、皮膚刺激症状の確認
- 術後6週: X線(骨癒合経過)、可動域評価(目標:屈曲130°以上・伸展−10°以内)
- 術後12週: X線・CT(骨癒合の確認)、筋力評価
- 術後6〜12ヶ月: インプラント除去の検討(TBWはインプラント刺激が多く、除去率30〜80%)
- インプラント除去は骨癒合確認後(通常術後6〜12ヶ月)に施行。除去後は再骨折リスクに注意
予後
- 骨癒合率:約95〜98%(適切なTBW/プレート固定後)
- 可動域回復:屈曲130°以上が約70〜80%で達成可能。伸展制限(−10〜−20°)が残ることがある
- インプラント除去率(TBW):30〜80%(皮下インプラント刺激による)
- 外傷後変形性関節症:関節面の不整合が残存した場合に約10〜15%で進行
- 機能予後(DASH score):適切な治療・早期リハビリで概ね良好
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(21-B1 = 前腕近位部・部分関節内(尺骨関節面関与)・肘頭骨折・横骨折単純型)
- 2骨折転位量を評価(X線側面像:≦2mm=保存 / >2mm=手術適応)
- 3上腕三頭筋付着部の連続性を確認(伸展力の有無)
- 4コロノイド突起・橈骨頭の合併骨折を除外("terrible triad"の確認)
- 5骨粗鬆症の有無を評価(あり→プレート固定を優先、TBW単独は不適)
- 6推奨術式を決定(横骨折単純型→TBW第一選択 / 骨粗鬆症・遠位延長→プレート)
- 7TBW施行時はK-wire前皮質貫通を計画・確認(近位移動防止)
- 8術後早期(3日以内)からの肘屈曲訓練開始を確認
文献
- Duckworth AD, et al.(2012)Fractures of the olecranon. J Bone Joint Surg Am, 94(18):1728–37.
- Tashjian RZ, et al.(2006)Evidence-based review of radial head fractures and associated injuries. J Hand Surg Am, 31(8):1273–8.
- Veras Del Monte L, et al.(1999)Results of tension band wiring of olecranon fractures. Injury, 30 Suppl 1:A53–55.
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767