橈骨遠位部の前方(掌側)関節縁が剪断力によって剥離し、手根骨を伴って掌側へ転位する部分関節内骨折 。AO分類23-B2(前縁・掌側縁骨折)に相当し、古典的には「掌側Barton骨折(Volar Barton fracture / Reverse Barton fracture)」と呼ばれる(「Barton骨折」単独は背側型〔23-B3〕を指す文献も多いため混同に注意)。手根骨が橈骨前縁骨片とともに転位するため、手関節の掌側亜脱臼を伴う不安定型骨折 であり、保存療法では整復位の維持が困難なことが多い。治療の第一選択は掌側ロッキングプレート(VLP)によるORIF である。
重症度・疫学
発生頻度: 橈骨遠位端骨折のうち、AO分類の部分関節内骨折(B型)は9〜14%を占める[5]
好発: 部分関節内骨折(AO分類B型)は男性に有意に多く、その発生に年齢や受傷外力の影響はみられない[5]
受傷機転: 剪断力が作用すると掌側関節面が部分転位し、不安定型の損傷となる。高エネルギーの軸圧外傷で圧迫力により関節面骨片が嵌入する骨折とは機序が異なる[1]
関連ガイドライン: 橈骨遠位端骨折診療ガイドライン2017(日本整形外科学会・日本手外科学会)は、掌側ロッキングプレートについて「初期固定性に優れていることから早期の機能回復には有用であるが、合併症には十分留意すべきである」とし、推奨の強さ2(弱い)・エビデンス総体A(強)としている[5] 。この推奨は橈骨遠位端骨折全般に対するもので、掌側縁骨折に固有の推奨ではない。同ガイドラインは掌側ロッキングプレート固定を橈骨遠位端骨折に対する最も一般的な手術療法と位置づけたうえで、屈筋腱・伸筋腱障害や神経障害など二次的手術を要する合併症が多いこと、プレート抜去の必要性、高コストを欠点として挙げ、これを理由に推奨度を2としている[5] 。
注意すべき合併症
手根部の掌側再脱臼(プレートで橈骨の掌側-尺側骨片を支持できない場合)[1]
正中神経障害・手根管症候群(橈骨遠位端骨折全体での報告頻度0〜22%)[5]
尺骨茎状突起骨折の合併(橈骨遠位端骨折の51.8〜65.9%)と三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷[5]
遠位橈尺関節(DRUJ)不安定性(原因は橈骨尺側切痕・尺骨頭の骨折、TFCC損傷、尺骨茎状突起骨折で、いずれも必ず不安定性に関与するわけではない)[5]
手関節拘縮(すべての治療法である程度みられ、創外固定器による無理な伸延は深刻な拘縮をもたらす)[1]
屈筋腱の滑膜炎・断裂(掌側プレートを遠位に配置しすぎ、方形回内筋で被覆しなかった場合)[1]
外傷後変形性手関節症(関節面段差2mm以上の残存はX線像上の変形性関節症の発生に関連する)[5]
神経皮枝損傷(進入法の際に橈骨神経などの皮枝が損傷を受けうる)[1]
治療方針
⚠️ 保存療法(原則非適応)
→ 転位なし・関節面への骨折線が軽微(骨折縁の剥離が小さく手根骨の不安定性がない)場合のみ短期ギプス固定を例外的に考慮 → 掌側剪断骨折は手根部が掌側に亜脱臼した不安定型損傷であり、掌側プレートで固定しなければならない[1] → 神経血管損傷を伴う骨折は迅速な外科的管理が必要となる[1]
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 第一選択:掌側支持プレート固定 — 掌側縁骨片をプレートで支持し、手根部の掌側亜脱臼を安定化する[1] ℹ 適応基準:X線評価で関節内に2mm以上の関節面段差(step-off)が残るとX線像上の変形性関節症の発生に関連するため、手術による解剖学的整復位の再獲得が望ましい(高齢者では関節面の残存変形の許容範囲は青壮年より大きい)[5] ℹ 遠位固定:大きな掌側骨片はプレート遠位部で支持(buttress)し、遠位の支持ペグで背側・中央の嵌入骨片を固定する(背側転位型骨折での報告)[2] ℹ 追加固定:別途固定を要する小さな掌側月状骨窩骨片には、掌側支持(buttress)K-wireを用いる[2] ℹ DRUJ不安定性:橈骨の整復固定後に徒手検査でDRUJ不安定性を認める場合は、尺骨骨折の骨接合やTFCC断裂の修復術を考慮する[5] ℹ 尺骨茎状突起骨折の合併:DRUJの不安定性がある場合には内固定を行うことを考慮してもよい[5]
治療選択アルゴリズム — 23-B2掌側縁骨折・Barton骨折における掌側ロッキングプレート固定(第一選択)
診断・評価
手関節の疼痛・腫脹・変形。開放創(通常掌側・尺側)と正中神経・尺骨神経損傷の有無を検索する。高エネルギー外傷ではコンパートメント症候群にも注意する[1] 。
X線正面像(PA像): 橈骨高(radial height:橈骨茎状突起先端と月状骨窩尺側縁をとおる平行線間の距離、平均12mm)を評価する[1] 。
X線側面像: 掌側傾斜(palmar inclination:平均12°)を評価する。掌側剪断骨折では手根部が掌側に亜脱臼しており不安定である[1] 。
CT: 矢状面・冠状面の三次元再構成CTは、骨折骨片の位置・サイズ・骨幹端部へ及んでいるかについて正確な情報を提供する[1] 。
術前X線PA像・側面像 — 橈骨遠位部前縁骨折・掌側縁骨片の転位と手根骨の掌側亜脱臼を評価
CT矢状断・横断面 — 掌側縁骨片のサイズ・転位量・骨折線の範囲・DRUJの評価。術前プレート選択の根拠となる
✅ 許容される整復
✓ 掌側傾斜(palmar tilt):健側値を基準とする(健側の平均は8〜15°)[5] ✓ 橈骨高(radial height):正常平均12mmを目安に短縮を評価する[1] ✓ 尺骨変異(ulnar variance):健側と比較して評価する(健側の平均は+1〜2mm)[5] ✓ 関節面転位:青壮年者では2mm未満のgap・step-offの残存は許容される(高齢者では許容範囲はより大きい)[5] ✓ 掌側縁骨片の解剖学的整復・手根骨の正常アライメント復元
❌ 許容されない変形
✕ 手根部の掌側亜脱臼の残存(掌側剪断骨折では手根部が掌側に亜脱臼しており不安定)[1] ✕ 掌側傾斜の逆転(背側傾斜 >5°) ✕ 橈骨の短縮変形の残存(変形治癒で短縮5mm以上ではDRUJの機能障害が起こるとされる)[5] ✕ 関節面段差(step-off)2mm以上の残存(X線像上の変形性関節症の発生に関連)[5] ✕ 健側より大きい尺骨陽性変異(ulnar plus variance:尺骨関節面が橈骨尺側関節面より高い)[5]
手術手技
体位
体位・手台: 止血帯を巻き、大きなドレープで患者の身体全体を覆い、ドレープの端を患肢に巻き付けて上肢を隔離する。透視装置は手台の下に配置し、X線管を除いてドレーピングする[1] 。
手術体位 — 仰臥位・上肢台(ラジオルーセント)・前腕回外位、Cアームを手術台と反対側から配置
掌側ロッキングプレート(VLP)ORIF — 第一選択
掌側アプローチの展開 — 橈側手根屈筋腱(FCR)と橈骨動脈の間の展開。回内方形筋の骨膜下剥離と橈骨遠位端掌側面の露出
切開・展開(Step 1): 橈側手根屈筋(FCR)腱に沿って縦皮切をおく。FCRの腱鞘を開いて腱を尺側へ引き、正中神経を圧迫しないよう注意する[1]
方形回内筋の挙上(Step 2): 方形回内筋(pronator quadratus:PQ)を橈骨付着部から挙上し、遠位に向かってL字型に展開する。Lの横棒は方形回内筋とwatershed lineの線維性移行部におき、骨から鋭的に挙上して骨折線と掌側骨片を露呈する[1]
整復(Step 3): 手関節をクッションの上で過伸展して骨折を整復し、遠位骨片を直接操作する[1]
プレートの設置(Step 4): 掌側支持プレートは、安定化に必要な橈骨の掌側-尺側骨片を支持できるよう、できるだけ尺側にあてる。尺側の支持が不足すると手根部が再脱臼する[1]
遠位ロッキングスクリューの挿入(Step 5): プレート固定は橈骨の尺側から始め、透視下で尺骨縁のスクリュー位置を確認し、橈骨手根部・遠位橈尺関節(DRUJ)・背側皮質を貫通しないようにする[1]
近位スクリューの挿入(Step 6): 橈骨骨幹部にスクリューを挿入してプレートを固定
最終確認・閉創(Step 7): 骨折固定後、インプラント上の軟部組織の刺激症状を予防するため、方形回内筋の逆L字展開の横線(線維移行部)をできる限り縫着する[1]
術中透視(PA像・側面像)— VLPのプレート位置・遠位サブコンドラルスクリューの関節下配置・掌側縁骨片の整復を確認
⚠️ VLP ピットフォール
✕ プレートの遠位設置・設置位置の不良 → プレート遠位縁と屈筋腱の接触による屈筋腱断裂(長母指屈筋腱:FPL が最も多い)[5] ✕ 遠位スクリューの関節内貫通 → 遠位インプラントの位置決め不良・不適切な進入と骨片展開・不適切な透視操作(傾斜した側面像)で起こり、整復不良やロッキングスクリューでリスクが増す[1] ✕ プレートが橈骨の掌側尺側骨片を支持していない → 手根部の再脱臼(プレートはできるだけ尺側にあてる)[1] ✕ DRUJ の不安定性を見落とす → DRUJ不安定性のみられた例では疼痛・Gartland and Werley の評価が不良であったとする報告がある[5] ✕ プレートを遠位に配置しすぎ、方形回内筋で被覆しない → 屈筋腱の滑膜炎・腱断裂[1] ✕ 関節鏡評価の省略(関節内骨折)→ 透視下整復後に残る 2 mm 以上の gap・step-off(24.7%)を見逃す可能性[5]
関節鏡補助下整復(ARIF)— 選択的追加
関節内骨折では、関節鏡を使うと関節内骨片の関節面離開(gap)・関節面段差(step-off)の程度や骨片の回旋を正確に把握でき、固定後の整復も評価できる[5] 。
術後管理
術後X線PA像・側面像 — 掌側ロッキングプレート(VLP)固定後。掌側縁骨片の整復・手根骨アライメント復元・プレート位置の評価
手術タイミング: 手術時期に関する研究は観察研究のみで、早期手術が望ましいとする報告と待機手術でも成績は変わらないとする報告に分かれるが、受傷後早期ほど整復操作を行いやすいことから、できるだけ早期、遅くとも受傷後3週以内の手術が望ましい[5]
術後荷重: 腫脹を軽減させるため術後数日は外固定する。手を使用しても固定は問題ないことを患者に伝え、軽い日常生活動作で手指・手関節・肘・肩を動かす[1]
VTE予防: 上肢骨折単独では深部静脈血栓症リスクは低い。高齢・長期臥床を伴う合併骨折の場合は低分子ヘパリンまたは経口抗凝固薬を考慮
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与+NSAIDs(短期間使用)。術後神経ブロック(手根管・前腕末梢神経ブロック)は術後24〜48時間の疼痛軽減に有効
リハビリテーション: 術後は手や上肢全体を運動させ、前腕の回内外運動も行う[1]
フォローアップ
術後1〜2週: 創部確認・X線(整復位維持・プレート位置確認)。外固定は術後の疼痛緩和目的や合併損傷例で短期間用いる[5]
術後4〜6週: X線(骨癒合初期兆候・プレート位置)・手関節ROM測定
術後8〜12週: X線(骨癒合評価)
術後6ヶ月: 機能評価(PRWE・DASH スコア)。受傷後6ヵ月までに機能回復は大きく進み、その後も1年以上緩徐に回復が続く[5]
プレート抜去: 屈筋腱とプレート遠位縁の接触を示唆する所見があり、屈筋腱損傷が危惧される場合に考慮する[5]
予後
遷延治癒・偽関節:橈骨遠位端骨折全体で0.7〜4%[5]
骨癒合期間:約8〜12週
手関節可動域:掌側ロッキングプレート固定後3ヵ月時点で、患者が満足と感じる回復のカットオフ値は手関節可動域95%・握力65%[5]
手関節機能スコア:DASH・PRWEスコアで良好な機能回復(術後12ヶ月時点で症例の70〜85%)
主要合併症:掌側ロッキングプレート固定後の長母指屈筋(FPL)腱断裂 0〜9.3%[5]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(23-B2 = 橈骨遠位部・部分関節内・前縁骨折/掌側Barton骨折〔Volar Barton / Reverse Barton〕) 2 X線側面像で手根部の掌側亜脱臼を確認(掌側剪断骨折では手根部が掌側に亜脱臼しており不安定)[1] 3 CT評価完了(骨折骨片の位置・サイズ・骨幹端部への広がり)[1] 4 正中神経障害の有無を確認(受傷直後の急性手根管症候群。徒手整復・観血的整復の前後に評価)[1] 5 遠位橈尺関節(DRUJ)の不安定性を評価(尺骨頭を橈骨尺骨切痕に押し付けながら前腕を他動的に回内外させ、"カクッ"という感触の有無)[1] 6 尺骨茎状突起骨折の合併確認(基部骨折は TFCC 損傷との関連を評価) 7 VLPプレートの遠位端位置をウォーターシェッドラインで確認(屈筋腱保護) 8 遠位スクリューの関節内突出がないことを透視で確認(透視操作が不適切〔傾斜した側面像〕だと関節内貫通が起こりうる)[1]
文献
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
Orbay JL, Fernandez DL(2002)Volar fixation for dorsally displaced fractures of the distal radius: a preliminary report. J Hand Surg Am, 27(2):205–15. PMID: 11901379
Mellstrand-Navarro C, et al.(2021)Operative versus nonoperative treatment of distal radius fractures: a systematic review. Acta Orthop, 92(5):564–73.
Kaempffe FA, Walker LB(2000)External fixation for distal radius fractures: effect of distraction on outcome. Clin Orthop Relat Res, 380:220–5. PMID: 11064995
日本整形外科学会、日本手外科学会(2017)橈骨遠位端骨折診療ガイドライン2017(改訂第2版). 南江堂. https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00393/