上腕骨骨幹部の楔状骨片を伴う骨折(AO/OTA分類12B:楔状骨折)で、AO分類12-B2に相当する。骨幹部中1/3や遠位1/3の骨折では橈骨神経の損傷をきたす可能性がある。上腕骨骨幹部骨折のほとんどは、何らかの外固定装具を使用する非手術的治療が依然として第一選択となる[1]。
重症度・疫学
年間発生件数: 上腕骨骨幹部骨折全体で14.5/100,000/年(スウェーデン・ストックホルム、16歳以上の401骨折)[2]。楔状骨折(type B)は外傷性骨折361例中107例(29.6%)で、B2.1が9例・B2.2が5例・B2.3が2例[2]
好発: 年齢分布は二峰性で、20歳代に小さなピーク、70歳代に大きなピークがある。低エネルギー外傷の患者は高齢女性、高エネルギー外傷の患者は若年男性が多い[2]
受傷機転: 典型的には直達外力によって生じるが、野球や腕相撲のように回旋負荷の大きなスポーツでも起こる。開放骨折は多くないが、特に産業現場の圧挫事故が関連する場合は深刻な損傷となる[1]
注意すべき合併症
- 橈骨神経麻痺:骨幹部骨折で8%、中央・遠位の骨折で生じやすい[2]。高エネルギー・穿通性外傷の多い報告では11〜18%[2]。いかなる整復操作の前にも、橈骨神経と後骨間神経の評価が不可欠[1]
- 血管損傷:確率は低いが合併することがあり、四肢全体の血管障害を慎重に検討する[1]
- 偽関節・遷延癒合:機能的装具療法での偽関節率は15報告の合計で5.5%(1438骨折中79)[3]。近位1/3骨折とAO type A骨折で偽関節率が高いが、統計学的有意差はない[3]
- DVT/PE:上肢骨折では下肢より低率だが高齢・長期臥床例では予防を考慮
- 医原性橈骨神経損傷:上腕骨プレート固定600例の報告で医原性橈骨神経麻痺は3%[1]
- 肩関節・肘関節拘縮:機能的装具療法で肩関節・肘関節の完全な可動域が得られたのはそれぞれ80%・85%[3]。40歳を超える患者では可動域制限のリスクが高い[3]
- 感染:上腕骨プレート固定600例の報告で感染率は1%未満[1]。上肢でも早期および晩期感染は起こるが、下肢骨折と比べて多くない[1]
治療方針
上腕骨骨幹部骨折の多くは機能的装具などの保存治療が第一選択となる。手術を考える際は、患者の年齢、骨折形態、合併損傷や合併疾患、治療へのコンプライアンスをすべて考慮する[1]。
⚠️ 保存療法の適応条件
- →閉鎖骨折で受傷時から橈骨神経麻痺を呈している場合、多くは一過性神経伝導障害であり、一期的な神経探査の絶対適応ではない[1]
- →技法:初期は重力整復(U字副子またはコイルキャスト)→ 腫脹軽減後に上腕骨骨折ブレース(Sarmientoブレース)
- →<20°の前方凸変形、<30°の内反変形、<40°の回旋変形、<3 cmの短縮は機能的に十分許容される[1]。腕が短い患者や肥満患者では残存変形が問題になりやすい[3]
- →禁忌・注意:開放骨折と続発性橈骨神経損傷は骨接合術の絶対的適応[1]。近位1/3骨折は機能的装具療法で偽関節率が高いが、統計学的有意差はない[3]
🔷 手術適応基準・術式選択
- ℹ髄内釘:骨折線が外科頚から骨幹部と遠位骨幹端の移行部までの骨折に適用でき、病的骨折や分節骨折で特に有用。安定性を高めるため近位側・遠位側ともダブルロッキングが推奨される。プレート固定との無作為化試験では癒合率は同程度で、髄内釘のほうが合併症率が高い[1]
- ℹ逆行性髄内釘:肘頭窩上面から挿入する方法は可能だが、技術的に困難で、医原性の上腕骨遠位端骨折の重大なリスクを伴う[1]
- ℹプレート固定:ほとんどすべての上腕骨骨折に用いることができ、近位や遠位骨幹部の骨折、特に関節面に及ぶ骨折が最もよい適応。近位骨幹部には前外側進入法、遠位1/3には後方進入法が最も多く用いられる[1]
- ℹ最小侵襲プレート骨接合術(MIPO):上腕骨骨幹部の多骨片骨折で検討され、通常は遠位と近位の2つの切開で行う。軟部組織損傷を軽減する利点があるが、技術的に難しくリスクもある[1]
- ℹ創外固定:適応は限られ、主に広範囲の軟部組織損傷・骨欠損・重度の汚染例・血管欠損・感染例などの初期治療に用いる[1]
治療選択アルゴリズム — 橈骨神経評価→部位別術式選択(IM釘 vs プレート)
診断・評価
上腕を評価するときは、腫脹・内出血・変形・開放創が上腕後面や内側面に起こりうることに注意する。四肢全体の血管障害および神経障害を慎重に検討し、いかなる整復操作の前にも、橈骨神経と後骨間神経を評価する[1]。
12-B2の診断ポイント
X線は互いに垂直な2方向で、肩と肘の関節を含む全長を撮影し、アライメントと回旋を評価する。骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合はCTが役立つ[1]。
X線正面像 — 上腕骨骨幹部楔状骨折(中央1/3・屈曲型楔状骨片)
X線側面像 — 骨折転位の方向・楔状骨片の位置確認
骨折パターン比較 — 12-B1(螺旋楔状)vs 12-B2(屈曲楔状)vs 12-B3(粉砕楔状)
【必須】 患側上腕骨の互いに垂直な2方向X線(肩と肘の関節を含む全長を1枚のフィルム上に撮影)。骨折が肩や肘の関節に及ぶ場合はCT[1]
❌ 許容されない変形・状態
- ✕整容上の著しい変形(主に内反と短縮。特に短縮で衣服の大幅な寸法直しが必要な場合)は患者に受け入れられにくい[1]
- ✕続発性橈骨神経損傷(骨接合術の絶対的適応)、術中に神経の全長を確認していない術後の神経麻痺(展開して確認する)[1]
- ✕開放骨折(骨接合術の絶対的適応。迅速に対応する)[1]
- ✕血管損傷の合併(骨接合術の絶対的適応。緊急手術の適応となる)[1]
手術手技
体位
手術体位 — ビーチチェア位(順行性釘)またはビーチチェア/仰臥位(プレート)、Cアームセットアップ
順行性髄内釘: 患者を仰臥位または半坐位/ビーチチェア位とし、胸部を約30°まで挙上する。ネイル挿入中は骨のすべての部分をX線学的に確認できることが不可欠[1]。
プレート固定(前外側進入法): 仰臥位かビーチチェア位とし、理想的にはX線透過性の手術台を用いる[1]。
順行性髄内釘(Antegrade IM Nailing)
エントリーポイント — 上腕骨頭最高点(髄腔軸上・棘上筋停止部より後内側)
- ネイル径・長の決定: ネイル挿入前に径と長さを決定しておく。術中に長さと径を測定できるよう、X線撮影用のものさしを手元に置く[1]
- エントリーポイント作成: 肩峰の前外側部から約3 cmの皮切をおき、三角筋を分割して展開する。腱板は筋線維と平行に切開し、理想的なエントリーポイントは大結節内側の溝部[1]
- ガイドワイヤー通過: 閉鎖性髄内釘では、髄内釘自体やガイドワイヤを整復器具として使いながら透視下に整復する[1]
- リーミング(必要時): 挿入時に大きな抵抗がある場合は、エントリーポイントの拡大、リーマによる髄腔の拡大、または細いネイルへの切り替えを選ぶ[1]
- ネイル挿入: 骨折整復後、慎重に小刻みに回転させながら、ハンマーを使用せず徒手的に骨折間隙を越えて挿入する[1]
- 近位ロッキング: ネイルの安定性を高めるため、近位側と遠位側の両方でダブルロッキングとする[1]
- 遠位ロッキング: Expert humeral nail・Multilock nailでは、遠位のロッキングはフリーハンドで行う(近位のロッキングはジグを利用)[1]
- エンドキャップ挿入: 骨内成長防止と回旋安定性向上のため挿入
- 最終確認: 透視で横止めスクリューの長さを確認し、対側皮質から2 mm以上突出させない[1]
順行性髄内釘 術中透視(遠位ロッキングスクリュー perfect circle法)
⚠️ IM ネイリング ピットフォール
- ✕エントリーポイントのずれ(理想的なエントリーポイントは大結節内側の溝部)[1]
- ✕ネイル前進時の骨折部ギャップ → 骨折整復後に、ハンマーを使用せず小刻みに回転させながら、徒手的に骨折間隙を越えて挿入[1]
- ✕楔状骨片の転位 → 最小侵襲での整復補助スクリュー or 追加固定を検討
- ✕橈骨神経損傷(閉鎖式の髄内釘挿入では術中に橈骨神経を確認できない)[1]
- ✕順行性髄内釘での腋窩神経損傷 → 皮膚に小切開を加え、骨まで鈍的に剥離し、保護用のカニューレを用いる[1]
ORIF — プレート固定(近位・遠位骨幹部の骨折、特に関節面に及ぶ骨折)
前外側アプローチ解剖図 — 上腕骨骨幹部前外側面の展開・橈骨神経の同定
- アプローチ選択: 近位骨幹部・中1/3は前外側進入法(三角筋大胸筋間進入法の遠位への延長)、遠位1/3は後方進入法が最も多く用いられる[1]
- 橈骨神経の保護: 前外側進入法では皮切の遠位部で上腕筋を分割し、上腕筋の外側をバリアとして橈骨神経を保護する。橈骨神経は外側の筋間中隔を通過し、プレート端の近くを走行していることがある[1]
- 整復: 注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復する。斜骨折や螺旋骨折では先端鋭の整復鉗子や締結ワイヤで整復位を維持する[1]
- ラグスクリュー固定: 可能な限り骨片間に圧迫をかける。望ましくはプレートのスクリュー孔からラグスクリューを挿入する[1]
- プレート選択・設置: ほとんどの患者には3.5 mm LCP(大柄な患者にはDCP 4.5やLCP 4.5)を用い、8穴以上とする。骨折部の上下でそれぞれ皮質骨6〜8か所(通常プレートの3〜4穴)をスクリューで貫通させる[1]
- 架橋プレート(Bridge Plating): 多骨片骨折では、遠位と近位の2つの切開で行う最小侵襲プレート骨接合術(MIPO)も検討される。骨膜の血流を温存するためプレートは骨膜上に設置する[1]
- 最終確認: 橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないか直視で確認する(プレート固定やスクリュー挿入のために骨膜を剥離しない)[1]
⚠️ プレート固定 ピットフォール
- ✕橈骨神経の保護不足 → 医原性橈骨神経麻痺(600例のプレート固定の報告で3%)[1]
- ✕後方プレート装着後のインプラント抜去 → 橈骨神経がプレート上を走行するため抜去は慎重に(患者への十分な説明が必須)
- ✕粗雑な軟部組織の扱い・全周性の骨膜剥離 → 偽関節の原因。プレート固定では軟部組織を愛護的に扱う[1]
- ✕スクリュー数不足(骨折部の上下で皮質骨6〜8か所=通常プレートの3〜4穴に満たない)→ 十分な固定性が得られない[1]
- ✕骨質不良例での固定 → ロッキングスクリューやブレードプレートを利用できる。回旋力がかかるため、ロッキングヘッドスクリュー(LHS)はバイコーティカルとする[1]
術後管理
術後X線像(正面/側面)— 順行性髄内釘またはプレート固定後
手術タイミング: 血管損傷合併例以外で緊急手術の適応はほとんどない。開放骨折は迅速に対応し、それ以外は適時に経験豊富な外科医に委ねる[1]
術後荷重(上肢): プレート固定や髄内釘挿入後は、状況が良好であれば制限なしで歩行補助具を使用できる。皮膚創が治癒するまでは自動介助運動で肘と肩のROMを徐々に拡大し、その後自動運動を開始。抵抗運動はX線像で架橋仮骨を確認してから開始する[1]
VTE予防: 上肢骨折単独では深部静脈血栓症のリスクは低い。高齢・長期臥床・多発外傷の合併例では術後から弾性ストッキング・間欠的空気圧迫装置を使用
橈骨神経麻痺のフォローアップ: 受傷時からの橈骨神経麻痺は、診察や定期的な電気生理学的検査でフォローアップする[1]
リハビリテーション: 髄内釘固定術後は肩と肘の運動を直ちに開始できるが、回旋抵抗運動は避ける[1]
フォローアップ
- 術後2週: 創部確認・X線撮影(アライメント・固定位置)。橈骨神経機能の経時的評価
- 閉鎖骨折で受傷時からある橈骨神経麻痺は、多くが一過性神経伝導障害で、一期的な神経探査の絶対適応ではない[1]
- 術後12週: X線撮影(骨癒合判定)
- 術後6ヶ月: 最終評価
予後
- 骨癒合率:プレート固定 92〜98%(600例の報告)。プレート固定と髄内釘固定を比較した2つの前向き無作為化試験では同様の癒合率[1]
- 骨癒合期間:機能的装具療法では多くが8〜14週(報告範囲3〜40週)[3]
- 橈骨神経麻痺:閉鎖骨折で受傷時からある麻痺は多くが一過性神経伝導障害で、神経損傷の95%以上が自然に回復する。術中に神経の全長を確認しておらず術後に麻痺がみられた場合は、展開して確認する[1]
- 肩症状:プレート固定と髄内釘固定を比べた前向き無作為化試験では髄内釘群の合併症率が高く、順行性の挿入は肩症状の発生率が高いことと関連する[1]
- 偽関節:機能的装具療法では、近位1/3骨折とAO type A骨折で偽関節率が高い傾向(統計学的有意差なし)[3]
- 感染:プレート固定600例の報告で1%未満[1]
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(12-B2 = 上腕骨骨幹部楔状骨折)
- 2骨折部位を確認(近位1/3・中央1/3・遠位1/3)
- 3整復操作の前に、橈骨神経と後骨間神経の機能を評価・記録[1]
- 4受傷時の橈骨神経麻痺と術後新発麻痺を区別して記録
- 5手術適応を確認(絶対的適応:開放骨折・浮遊肩または浮遊肘・血管損傷・続発性橈骨神経損傷など、相対的適応:保存治療での整復位維持困難など)[1]
- 6術式選択の根拠を確認(部位別:IM釘 or プレート、橋渡し or 直接固定)
- 7後方アプローチの場合、橈骨神経同定・保護の記録を確認
- 8術後リハビリの指示(皮膚創が治癒するまでは肘と肩の自動介助運動、抵抗運動は架橋仮骨の確認後)[1]
文献
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
- Ekholm R, et al.(2006)Epidemiology of humeral shaft fractures. J Bone Joint Surg Br, 88-B:1469–73.
- Papasoulis E, et al.(2010)Functional bracing of humeral shaft fractures. Injury, 41:e21–7. PMID: 19523625
- Mahabier KC, et al.(2013)Humeral shaft fractures: Recommendations for treatment. Injury, 44:1553–7.