臼蓋の前壁(anterior wall)または前柱(anterior column)の骨折 。AO/OTA分類では62-A3(前柱/前壁骨折)にあたり、62-A1(後壁骨折)・62-A2(後柱骨折)と同じ62-A(部分関節内,単柱および/または壁骨折)に属する[4] 。Letournel分類では前壁骨折と前柱骨折はそれぞれ別の基本骨折型である [4] 。前柱は腸骨稜から恥骨接合部まで延び、寛骨臼の前壁を含む[4] 。前壁・前柱骨折の観血的整復内固定(ORIF)には腸骨鼠径進入法(ilioinguinal approach) が用いられ[2] 、手術適応は関節面の転位・関節不適合・許容できないroof arcで判断する[4] 。
重症度・疫学
頻度: 手術例262骨折(Letournel分類)では前壁骨折3例(1%)、前柱骨折12例(5%)であった[2]
好発: 寛骨臼骨折は若く活動的な人の高エネルギー外傷でよくみられるが、ここ20〜30年で高齢患者も増加している[4]
受傷機転: 大腿骨を介した介達外力で生じ、大転子、膝屈曲位、または膝伸展位での足部への衝撃による[4]
分類の準拠: AO/OTA分類62-A3(前壁骨折・前柱骨折)に準拠
注意すべき合併症
外傷後変形性関節症:長期合併症で最も多く、メタアナリシスでは約20%に生じる。整復位の良否に直接関係する[4]
骨頭壊死(AVN):寛骨臼骨折の観血的手術後に3〜9%[4]
異所性骨化(HO):腸骨翼外側から筋肉を剥離した後にしばしば生じ、腸骨鼠径進入法ではこの部分まで展開した場合に発生する。大量だと関節拘縮や強直の原因となる[4]
神経損傷:術中の神経麻痺は9手術で生じ(坐骨神経2・大腿神経1・腓骨神経6)、うち2例は腸骨鼠径進入法であった[2]
大腿血管・死冠動脈(corona mortis)損傷:腸骨鼠径進入法で大腿血管を恥骨枝から挙上する際に注意を要する[4]
深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE):スクリーニングで検出される近位静脈のDVTは約30%、肺塞栓は1.7%(致命的なものは0.3%)[4]
固定不良:重度の骨粗鬆症では強固な固定を行うことが難しいことがある[4]
治療方針
関節面の転位・関節不適合・許容できないroof arcが手術適応となる。転位のない骨折の多くは股関節の求心性が良好で安定しており手術を回避でき、転位があっても低位前柱骨折などは保存的治療の適応となる[4] 。
⚠️ 保存療法の適応条件
→ 転位がなく、股関節の求心性が良好で安定している場合[4] → 臼蓋ドーム荷重面に及ばない骨折、低位前柱骨折[4] → 重篤な合併疾患が併存している場合(保存的治療または最小侵襲・経皮的固定を検討)[4] → 管理:6〜8週間の免荷(toe-touch)、鎮痛、2週ごとのX線で転位進行を監視
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 関節面の転位・関節不適合・許容できないroof arc → 手術適応[4] ℹ 股関節脱臼の合併 → 整形外科的緊急として直ちに整復し安定性を評価する[4] ℹ 徒手整復後に嵌入した関節内骨片 → 緊急ORIFの適応[4] ℹ 前壁骨折・前柱骨折には腸骨鼠径進入法(ilioinguinal approach)によるORIFを用いる[2] ℹ 前柱骨折:整復した骨片に挿入したラグスクリューを、適合性を確認しながら成形した骨盤小骨片用リコンストラクションプレートで保護する[4] ℹ 前壁骨折:腸骨鼠径進入法[2] ℹ 高齢患者(重度の骨粗鬆症では強固な固定が難しい)で重篤な変形性関節症・関節内粉砕・大腿骨頭の嵌入または損傷・臼蓋関節面の40%を超える嵌入を伴う場合:一期的人工関節置換を考慮[4]
治療選択アルゴリズム — 転位量と股関節安定性による保存療法 vs ORIF判断
診断・評価
寛骨臼骨折が疑われた場合は骨盤正面像に加えて患側股関節正面像と45°斜位像(腸骨斜位像・閉鎖孔斜位像) が必要で、腸骨斜位像で前壁、閉鎖孔斜位像で前柱を評価する。CTと3D-CTは損傷の詳細な把握に有用である[4] 。
必須画像評価:
骨盤正面X線(初期スクリーニング)
骨盤Judet像(45°斜位):腸骨斜位像で前壁、閉鎖孔斜位像で前柱を評価[4]
CT+3D-CT:関節の粉砕度・step off・関節面陥没骨折・前柱および後柱の回旋と転位・関節内骨片・大腿骨頭骨折を評価[4]
股関節の適合性評価:牽引を外した状態の3方向X線像でroof arcを計測し、大腿骨頭と臼蓋ルーフの適合性を確認[2]
X線Judet像(閉鎖孔斜位・腸骨斜位)— 前壁骨折線と前柱骨折転位の評価
CT軸位断・冠状断 — 前柱骨折の転位量・関節内遊離体・亜脱臼方向の評価
Letournel分類における位置づけ:
前壁骨折(anterior wall) :前柱の一部として骨頭前方の臼蓋壁のみが剥離する型
前柱骨折(anterior column) :腸骨稜から恥骨接合部まで延び、寛骨臼の前壁を含む前柱の骨折型[4]
両者は骨折の延長・合併として連続することがある(臨床的には前柱骨折として扱う)
✅ 許容される整復(保存療法継続可能)
✓ roof arc計測で寛骨臼上方が保たれている[2] ✓ 牽引を外した3方向X線像で大腿骨頭と臼蓋ルーフの適合性が保たれている[2] ✓ 臼蓋荷重域(weight-bearing dome)に骨折が関与しない
❌ 許容されない変形(手術適応)
✕ 関節面の転位または不適合(1〜2 mm以上の転位は不満足とされる)[4] ✕ 股関節の亜脱臼(関節軟骨への異常な負荷となり変形性関節症に至る)[4] ✕ 徒手整復後に関節内骨片が嵌入している(緊急ORIFの適応)[4] ✕ 前柱骨折が腸骨稜まで延長し骨盤輪の一体性が損なわれている
手術手技
体位
手術体位(仰臥位)— 患側股関節を軽度屈曲し腹部弛緩させた腸骨鼠径アプローチの標準体位
仰臥位: X線透過性手術台に仰臥位とし、胸部中央から腹部全体と患側下肢全体を消毒・ドレーピングして自由に動かせるようにする。股関節を屈曲すると股関節前面を通過する構造物がゆるみ整復が容易となる。透視装置は執刀医の対側から導入する[4] 。
腸骨鼠径アプローチ(Ilioinguinal Approach)— 第一選択
適応: 前壁骨折・前柱骨折、および前柱+後方半横骨折のORIF[2] 。
アプローチ — 腸骨鼠径アプローチの皮膚切開・神経血管構造の3窓展開
皮膚切開: 腸骨稜中央より上前腸骨棘に向かってカーブし、鼠径靱帯と平行に恥骨結合上方2 cmに至る。外腹斜筋腱膜と腸骨稜骨膜の接合部を同定して鋭的に分け、腹筋と腸骨筋を一塊として骨膜下に挙上する[4]
窓の設定: 腸骨鼠径進入法を完全に展開すると4つの解剖学的な窓から前柱にアプローチできる。①外側:腸腰筋の外側。②中央:腸腰筋/大腿神経と外腸骨動静脈の間。③内側:外腸骨動静脈と精索の間。④最内側:精索の内側[4]
骨折の整復: 前柱部分を損傷されていない腸骨翼に整復し、大坐骨切痕近位部にK-ワイヤか3.5 mmのラグスクリューで仮固定する。最後に前壁や恥骨上枝骨折を整復し仮固定する[4]
プレート固定: 骨盤上口に形状を合わせた骨盤小骨片用リコンストラクションプレートで整復された前柱の骨盤上口骨片を架橋し、上部は仙腸関節前の腸骨窩内側より、下部は恥骨上枝と恥骨体部の損傷されていない部分まで延ばす。どのスクリューも関節外にとおす[4]
前壁の整復: 前柱部分を損傷されていない腸骨翼に整復して仮固定した後、最後に前壁や恥骨上枝骨折を整復し仮固定する[4]
閉創: Retzius腔、坐骨内側面上および腸骨内側窩にドレーンをおく。剥離した腹直筋は恥骨前方の組織に縫着し、非吸収糸で鼠径鎌を鼠径靱帯に縫合して鼠径管底を、外腹斜筋腱膜と外鼠径輪を縫合して鼠径管の天井を修復する[4]
固定構成 — リコンストラクションプレート(腸骨稜〜恥骨上枝)+ラグスクリュー(前柱加圧)
⚠️ 腸骨鼠径アプローチ ピットフォール
✕ 大腿血管束の損傷 — 腸恥筋膜の折り返しのすぐ内側にあるため細心の注意を払い、鼠径鎌を温存して大腿動静脈やリンパ管を保護する[4] ✕ 大腿神経の損傷 — 腸腰筋と大腿神経を腸恥筋膜から丁寧に剥離し、股関節を屈曲して腸腰筋をゆるめ可動を容易にする[4] ✕ 死冠動脈(corona mortis)損傷 — 外腸骨動脈と閉鎖動脈あるいは下腹壁動脈の間を走行し(全例に存在するわけではない)、この部分をよく観察してから大腿血管を恥骨枝から慎重に挙上する[4] ✕ 整復不良 — 創閉鎖前にX線透視および術中X線撮影(骨盤正面像、閉鎖孔・腸骨斜位像)で臼蓋の整復を評価する[4] ✕ スクリューの関節内穿孔 — 腸恥隆起前縁から下前腸骨棘前縁までが危険領域で、術中の閉鎖孔斜位像で確認する。この領域ではスクリューを坐骨内側面と完全に平行に、またはモノコーティカルに挿入する[4]
前方骨盤内進入法(Stoppa変法)— 腸骨鼠径進入法の変法
利点: 腸骨鼠径進入法の内側にStoppa変法を用いると恥骨結節から直筋を剥離しなくてよく、内側の窓から骨折骨片を十分に整復固定できれば、大腿神経と外腸骨動静脈の間をとおる中央の窓は展開しなくても済むことがある[4] 。
術後管理
術後X線像(正面像・腸骨斜位・閉鎖孔斜位)— リコンストラクションプレート固定と骨頭同心円的整復の確認
手術タイミング: ほかの合併症の安定化、画像検査の完了、経験豊富な外科医の存在に大きく左右される。解剖学的整復は時間の経過とともに困難になるため、1週間以上の待機は可能な限り避ける[4]
術後荷重: 松葉杖を使用したつま先接地荷重歩行 を許可し、その後6〜8週間は荷重を増やさない。術後3か月目でX線像上の骨癒合傾向があれば徐々に全荷重まで許可する[4] 。Mattaのシリーズでは術後1週以内に患肢に13.6 kgの荷重をかけた歩行を始め、術後8週で全荷重を許可した[2]
VTE予防: 血栓塞栓症に対する予防的薬剤投与が推奨される[4]
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、NSAIDsは骨癒合への影響を考慮し短期(〜2週)にとどめる。硬膜外鎮痛・大腿神経ブロックを補助的に使用
リハビリテーション: 松葉杖を使用したつま先接地荷重歩行を許可し、筋力強化訓練と歩行訓練は理学療法士とともに始める[4]
フォローアップ
術後: X線(骨盤正面像、閉鎖孔・腸骨斜位像)を撮影し、整復位の良否やスクリューの関節内穿孔が単純X線像で確認できない場合はCTを撮影する[4]
術後6〜8週: 松葉杖でのつま先接地荷重歩行のまま、この期間は荷重を増やさない[4]
術後12週(3か月): X線像上の骨癒合傾向があれば徐々に全荷重まで許可する[4]
術後6ヶ月・1年・2年: 臨床評価とX線評価を行い、以後は関節症があれば毎年、問題がないか軽微なら2年ごとに評価する(Mattaの追跡プロトコル)[2]
予後
解剖整復例の良好転帰(修正Merle d'Aubigné スコア excellent・good):40歳未満で85%(110/130)、40歳以上で73%(40/55)[2]
外傷後変形性関節症:手術例の約20%に生じ、長期合併症のなかで最も多い[3]
骨頭壊死(AVN):寛骨臼骨折の観血的手術後に3〜9%[4]
異所性骨化(HO):腸骨翼外側から筋肉を剥離した後にしばしば生じ、腸骨鼠径進入法ではこの部分まで展開した場合に発生する。予防にはインドメタシン75 mg(持続放出性錠)1日1回の経口投与を6週間続ける[4]
神経合併症:術中の神経損傷は9例(坐骨神経2、大腿神経1、腓骨神経6)で、腸骨鼠径進入法に伴うものは2例[2]
追加手術:手術例の8%が追加手術(通常は人工股関節置換術)を要した[3]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(62-A3 = 臼蓋前壁骨折(anterior wall fracture) / Letournel 前壁型または前柱型) 2 手術適応(関節面の転位・関節不適合・許容できないroof arc(角))の有無を確認。1〜2 mm以上の転位または関節面の不適合は不満足とされる[4] 3 股関節脱臼の合併の有無を確認し、合併していれば直ちに整復して安定性を評価する[4] 4 関節内骨片・大腿骨頭骨折の有無をCT・3D-CTで確認[4] 5 坐骨神経、特に腓骨神経領域の評価として足関節の背屈と外返しを手術前後に評価し記録[4] 6 死冠動脈(corona mortis)は全例に存在するわけではなく、術中に恥骨枝後方をよく観察してから大腿血管を慎重に挙上する[4] 7 手術アプローチを確認(前壁骨折・前柱骨折には腸骨鼠径進入法を用いる)[2] 8 術後の荷重計画(松葉杖でのつま先接地荷重歩行、その後6〜8週間は荷重を増やさない)と血栓塞栓症の予防を患者・家族に説明[4]
文献
Letournel E, Judet R(1993)Fractures of the Acetabulum(2nd ed.). Springer-Verlag.
Matta JM(1996)Fractures of the acetabulum: accuracy of reduction and clinical results in patients managed operatively within three weeks after the injury. J Bone Joint Surg Am, 78-A:1632–45. PMID: 8934477
Giannoudis PV, et al.(2005)Operative treatment of displaced fractures of the acetabulum. J Bone Joint Surg Br, 87-B:2–9. PMID: 15686228
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767