骨盤輪の後弓が完全に損傷した骨折(AO/OTA分類61C)のうち、片側で前・後仙腸靱帯と骨盤底が破断し、垂直方向・回旋方向に不安定となる型(Tile分類C1)[1]。骨盤骨折は高い死亡率を伴い、不安定型骨盤骨折による出血が主な死因となる。前輪と後輪の整復・固定を要する[1]。
重症度・疫学
発生頻度: 血行動態の不安定を呈する骨盤骨折の頻度は2〜20%と報告されている[3]
好発: 15〜30歳と50〜70歳にピークのある二峰性分布。若年者の骨盤骨折はほとんどが男性で、高エネルギー外傷による[1]
受傷機転: 交通事故や高所からの転落による高エネルギー外傷。垂直方向に不安定な骨折は高所からの転落による稀な外傷である[1]
輸血必要率: 不安定型骨盤骨折の約60〜80%が大量輸血を必要とする
死亡率: 骨盤骨折患者2,247人のレビューで死亡率は10%。多発外傷では骨盤骨折に関連する死亡率のオッズ比は約2である[1]
注意すべき合併症
- 出血性ショック: 腸骨動脈とその分枝からの動脈性出血は骨盤骨折の出血性ショックの大きな要因の一つで、低圧の静脈叢や骨折した海綿骨面も出血源となる[3]
- 泌尿器損傷:膀胱破裂(約6〜10%)、尿道断裂(男性の約5〜10%)
- 直腸・S状結腸損傷(開放性骨盤骨折で約30〜50%)
- 腰仙骨神経叢損傷:L4/5、S1〜3、坐骨神経麻痺(約20〜30%)
- 仙骨部皮膚壊死・デグロービング(Morel-Lavallée損傷)
- 深部静脈血栓症(35〜61%)・肺塞栓症(2〜10%)[1]
- 創外固定ピン刺入部感染(約5〜10%)
- 慢性疼痛・変形治癒による機能障害(長期合併症)
治療方針
⚠️ 保存療法(原則非適応)
- →61-C1(完全不安定型)は保存療法の適応なし
- →ダメージコントロール期(生命危機的状態)にはペルビックバインダーまたは骨盤シーツを装着して骨盤を安定化し、失血量を減らす[1]
- →最終的な骨折固定は必ず手術で行う
🔷 手術適応基準・術式選択(段階的アプローチ)
- ℹ【フェーズ1 — ダメージコントロール】ペルビックバインダーまたは骨盤シーツによる緊急安定化。緊急治療での創外固定の適用は減り、特定の複雑な状況に限られる。C-クランプの適応も限られる(例:制御不能な出血を伴うTile C型骨折)[1]
- ℹ【フェーズ1 — 止血】血管造影+動脈塞栓術、または開腹+腹膜外骨盤パッキング(Pelvic packing)[1]
- ℹ【フェーズ2 — 最終固定】血行動態が安定している患者では、受傷後14日以内(できれば2〜5日以内)に前輪と後輪を整復・固定する[1]
- ℹ前方固定:恥骨結合離開には恥骨結合プレート、回旋または垂直方向に不安定な複雑な恥骨枝骨折には後方固定と組み合わせたInfix[1]
- ℹ後方固定:経皮的スクリュー固定。透視下にワッシャー付き7.3または8.0 mmキャニュレイテッドスクリューを仙腸関節を貫通させて挿入し、S1椎体に到達させる[1]
- ℹ後方プレート:両側の仙骨骨折や粉砕の強い場合は腸骨-腸骨間プレート(ilioiliac plate)を用いる[1]
- ℹ真の垂直剪断型:はるかに多くの後方インストゥルメンテーションを要し、著者らの経験では脊椎外科医とともに行う脊椎骨盤固定が必要となる[1]
治療選択アルゴリズム — ダメージコントロールから最終固定まで
診断・評価
骨盤部の強い疼痛、片側下肢の異常肢位。意識清明な患者では歩行不能。多発外傷では意識障害・循環不全が前景に立ちやすい。
X線評価: 骨盤正面像に加え、インレット像(骨盤輪を描写)とアウトレット像(仙骨・恥骨枝・閉鎖孔を描写)を撮影する[1]。
CT評価: 診断が不確かな場合や骨盤輪後方の損傷が疑われる場合は、CTが診断のゴールドスタンダードである[1]。
X線AP像 — 片側骨盤半環の垂直転位と恥骨枝骨折
CT 3D再構成 — 仙腸関節離開と後方骨盤不安定性の評価
Outlet/Inlet像 — 垂直・回旋転位の定量的評価
✅ 許容される整復
- ✓垂直転位(cranial shift)≤1cm
- ✓前方恥骨結合の離開 ≤1cm(前方固定後)
- ✓仙腸関節の残存ギャップ ≤1cm
- ✓後方仙骨スクリューの仙骨神経孔からの距離 ≥1cm
❌ 許容されない変形
- ✕垂直転位 >1cm(慢性疼痛・脚長差の原因)
- ✕仙腸関節の整復不十分(後方固定失敗の原因)
- ✕仙骨スクリューの神経管貫通(腰仙骨神経麻痺の原因)
- ✕恥骨結合の残存離開 >1cm(前方不安定性)
手術手技
体位
手術体位 — 仰臥位・放射線透過テーブル(inlet/outlet透視可能な設定)
放射線透過性の手術台での仰臥位: 皮膚消毒の前に、骨盤の正面像・インレット像・アウトレット像・斜位像のパイロット透視をして画像を確認しておく。仙腸関節スクリューは仰臥位または腹臥位で挿入できる[1]。
経皮的仙腸スクリュー固定
適応: 仙腸関節の破断による後方不安定性。インレット像・アウトレット像の透視下に行うMatta法では仙骨骨折も固定でき、徒手整復が可能な症例では経皮的に行える[1]。
仙腸スクリュー経路の解剖 — S1椎体内のsafe zone(AP / Inlet / Outlet 3方向透視)
- 整復: 徒手整復が可能な症例では、仙腸関節スクリュー固定を経皮的に行うことができる[1]
- エントリーポイント設定: Outlet像でS1上仙骨神経孔の上方、Inlet像でS1椎体前縁後方の安全域(safe zone)を確認
- ガイドワイヤー刺入: 腸骨外側皮質を貫通させ、S1椎体のsafe zoneを通過させる。AP・Inlet・Outlet像で連続確認
- 長さ計測・ドリリング: ガイドワイヤーに沿いドリリングする
- スクリュー挿入: ワッシャー付き7.3または8.0 mmキャニュレイテッドスクリューを経皮的に挿入し、S1椎体に到達させる。AP2・AP3の仙腸関節破綻は短いスクリューで十分だが、LC損傷による仙骨骨折は経仙骨スクリューが最善である[1]
- 2本目スクリュー(必要時): S2椎体へのスクリュー挿入は、椎弓根の直径が適当な大きさであると確認できた場合にのみ行う[1]
- 最終確認: インレット像・アウトレット像の透視で、S1椎体内のスクリュー位置を確認する[1]
術中透視 — Outlet/Inlet/AP 3方向でのスクリュー位置確認
⚠️ 仙腸スクリュー ピットフォール
- ✕神経血管損傷 — 仙腸関節スクリュー固定は神経血管損傷とそれに伴う重大な後遺症のリスクが比較的高い[1]
- ✕仙骨神経叢の医原性損傷 — Mattaが推奨した術中X線透視法でリスクを最小にする[1]
- ✕整復不十分のままのスクリュー挿入 — 安定で安全な固定は正確な整復の後にしか得られない[4]
- ✕透視と術前計画の不備 — ピットフォールの多くは不適切な透視と計画に起因する[1]
- ✕両側の仙骨骨折や粉砕の強い例 → 腸骨-腸骨間プレート(ilioiliac plate)を検討[1]
後方プレート固定 — 代替・補助術式
適応: 仙骨骨折では、仙骨神経叢の除圧と骨折線の直視ができる後方進入法を用いることもできる。仙骨に直接プレートを固定するときは仙骨の安全領域に設置する。他の固定方法として腸骨間(ilioiliac)プレート固定がある[1]。
前方固定(恥骨結合プレート)
適応: 恥骨結合離開の最終固定。Pfannenstielの横切開でプレートとスクリューにより固定する。APC損傷では(必要に応じた)適切な後方固定があれば、テンションバンドとして作用する4穴プレートで十分な固定性が得られ、LC3の恥骨結合断裂には6穴プレートさらには2枚目のプレートが必要である[1]。
術後管理
術後X線 — 仙腸スクリュー+前方プレート固定後(AP/Outlet像)
手術タイミング: 血行動態の安定している患者では、最終内固定は受傷後14日以内、できれば2〜5日以内に行う。骨盤輪の早期の根治的安定化は術後管理を容易にし、全体的な予後にも好影響を与える[1]
術後荷重: 荷重制限の期間は8週間以内に留める。運動開始後にX線を撮影し、遅発性の転位が生じていないかを確認する[1]
VTE予防: 骨盤外傷は血栓塞栓症を高頻度に合併し(深部静脈血栓症35〜61%、肺塞栓症2〜10%)、入院中は持続的に予防投与を行う。外来では4週間の低分子量ヘパリン投与で深部静脈血栓症の発生率が大幅に減少する[1]
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与+オピオイド(必要時)。NSAIDsは骨癒合阻害のリスクがあり慎重投与
リハビリテーション: 骨盤輪安定化のゴールは患者の早期可動であり、解剖学的整復と安定した内固定が得られれば、部分荷重や全荷重歩行を行える安定性が得られる[1]
フォローアップ
- 術後早期(14日以内): X線撮影で二次的な転位の有無を確認する(この時期なら外科的矯正が容易)[1]
- 運動開始後: 観血的治療・保存的治療にかかわらずX線を撮影し、遅発性の転位が生じていないかを確認する[1]
- 荷重制限: 荷重制限の期間は8週間以内に留める[1]
- 長期経過観察: Infix適用例以外でインプラントの抜去はほとんど必要ないが、若年患者の経仙骨スクリューなど仙腸スクリューを抜去する外科医が増えている。抜去は合併症が少なく、腰痛症状を軽減する[1]
- 骨盤外傷後の患者は専用の経過観察プログラムで、各科が協力した体制のもとでフォローする[1]
予後
- 解剖学的再建: 標準的な適応と手技を用いると、不安定な損傷でも80%以上の症例で解剖学的再建が得られる[1]
- 神経損傷: 腰仙神経叢損傷および泌尿生殖器損傷に起因する長期的な問題の予後は不良である[1]
- 慢性疼痛: 後方骨盤輪の非特異的疼痛や腰痛がよく報告されている[1]
- 機能予後: 臨床的にexcellentまたはgoodの成績は現在でも60%以下で、長期の神経・泌尿器障害がしばしば患者の訴えの主原因となる[1]
- 性機能障害: 骨盤骨折後の男性の61%にみられ、19%は持続的な性的不能を呈する。女性は性交疼痛症が残ることがある[1]
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(61-C1 = 骨盤輪骨折・完全不安定型・単側)
- 2後方支持構造の破綻形式を確認(仙腸関節離開 / 仙骨骨折Denis分類)
- 3ダメージコントロールフェーズの処置を確認(外固定・TAE・Pelvic packingの有無)
- 4泌尿器損傷・直腸損傷・神経損傷の合併を評価
- 5仙腸スクリュー挿入時のインレット像・アウトレット像での透視確認[1]
- 6S2椎体へのスクリュー挿入を計画するときは、椎弓根の直径が適当な大きさかを確認[1]
- 7前方固定(恥骨結合プレート)の施行と整復位確認
- 8術後の荷重制限の期間を確認(8週間以内に留める)[1]
文献
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
- Tile M, Helfet DL, Kellam JF(2003)Fractures of the Pelvis and Acetabulum(3rd ed.). Lippincott Williams & Wilkins.
- Giannoudis PV et al.(2004)Damage control orthopaedics in unstable pelvic ring injuries. Injury, 35:671-7. PMID: 15203307
- Routt ML Jr, Nork SE, Mills WJ(2000)Percutaneous fixation of pelvic ring disruptions. Clin Orthop Relat Res, 375:15–29. PMID: 10853150