骨盤輪の後方骨性支柱(仙骨・腸骨翼)または前方弓(坐骨・恥骨)のいずれか一方のみが損傷し、輪全体の安定性が保たれた骨折。AO分類61-A1に相当する。後方靱帯複合体(仙腸靱帯・仙棘靱帯・仙結節靱帯)が温存されているため垂直・回旋方向の不安定性を生じないのが本型の本質的特徴であり、大多数は保存療法で良好な予後が期待できる。
骨盤輪の安定性を回復して治癒を確実に促すことが最終的な固定の目的であり、初期評価では開放創や生殖泌尿器系・内臓器の合併損傷を診断する[1]。
重症度・疫学
疫学: 高齢者の骨脆弱性骨折(骨粗鬆症性仙骨骨折など)が増加傾向
好発: 高齢女性(骨粗鬆症性仙骨不全骨折)および若年・中壮年の高エネルギー外傷(交通事故・高所転落)
受傷機転: 高エネルギー損傷(側方圧迫力)および高齢者の低エネルギー転倒・疲労骨折
注意すべき合併症
- 後腹膜血腫・骨盤内出血:静脈叢・骨折端からの出血(重篤化しやすい、特に高エネルギー損傷)
- 仙骨神経根損傷:Denis Zone IIIの仙骨骨折は神経損傷のリスクが最も高く、最も多い神経障害は馬尾症候群である[2]
- 尿路損傷:尿道・膀胱損傷(骨盤前方の骨折に伴う)
- 直腸・会陰部損傷:会陰創傷を伴う開放性骨盤骨折は緊急手術を要する[1]
- 深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE):骨盤外傷で高頻度に合併(DVT 35〜61%、PE 2〜10%)し、入院中は持続的な予防投与を行う[1]
- 骨粗鬆症性仙骨骨折の見逃し(X線では確認困難、CTまたはMRI要)
- 遷延する疼痛:後方骨盤輪の非特異的疼痛や腰痛[1]
治療方針
⚠️ 保存療法(第一選択)
- →安定型骨盤骨折(AP1・軽度LC1)では手術適応は滅多にない[1]
- →早期離床を基本とし、保存療法でも運動開始後にX線で遅発性の転位がないか確認する[1]
- →後方靱帯複合体が温存されているため骨盤輪の安定性は維持される
- →高齢患者に典型的な軽症LC1(仙骨前上部の圧潰とわずかに転位した恥骨前枝骨折)は、すぐに離床できる安定した損傷である[1]
- →ペルビックバインダー(骨盤骨折の疑いがあればまず装着し、LC1またはLC2骨折と診断されたら緩める)[1]
🔷 手術適応基準・術式選択
- ℹ保存療法で疼痛がコントロール困難・長期臥床を余儀なくされる例
- ℹDenis zone II/IIIの完全仙骨骨折(重症LC1)で、転位・神経学的障害・CT上の骨片による神経根障害がある例[1]
- ℹ骨粗鬆症性仙骨不全骨折で早期離床・疼痛軽減目的の低侵襲固定(仙骨スクリュー・経皮的仙腸スクリュー)
- ℹLC2骨折型の一部としての腸骨翼骨折(プレートまたはLC2 columnスクリュー)[1]
- ℹ手術は原則として全身状態が安定してから施行(循環動態の安定確認後)
治療選択アルゴリズム — 安定型骨盤輪骨折の保存・手術判断フロー
診断・評価
骨盤骨折を示唆する臨床症状として股関節痛と仙骨の圧痛がある。受傷機転を詳細に確認し、高エネルギー損傷では多発外傷・内臓損傷のスクリーニングを優先する。身体所見では救急室で徒手的な骨盤の安定性検査を行わず、不安定性は透視下の麻酔下検査(EUA)で評価する[1]。
必須画像評価:
- 骨盤正面X線(初診時)
- 骨盤入口像(Inlet)・出口像(Outlet):重篤なLC1骨折ではアウトレット像で腸骨翼の高さが同じになり、垂直剪断型と区別できる[1]
- CT(骨盤骨折確定診断・後方骨性支柱の評価・内臓損傷スクリーニング)
- MRI:単純X線・CTで判別困難な骨粗鬆症性仙骨不全骨折に有用
X線正面像 — 安定型骨盤輪骨折の概観(仙骨/腸骨翼/坐骨骨折)
CT軸位断・冠状断 — 仙骨骨折帯と転位量の評価
骨盤入口像(Inlet)・出口像(Outlet)— 仙骨の前後・上下転位評価
AO/OTA 61-A1 サブタイプ:
- 61-A1.1:仙骨(骨折带 Zone I/II/III)
- 61-A1.2:腸骨翼骨折(関節外)
- 61-A1.3:坐骨骨折(単独)
Denis分類(仙骨骨折): Zone I(仙骨翼外側)・Zone II(椎間孔部)・Zone III(中央管部)。Zone IIIは最も神経損傷リスクが高い。
✅ 安定型の診断基準(A型確認)
- ✓後方靱帯複合体(仙腸靱帯・仙棘靱帯・仙結節靱帯)が温存されている
- ✓透視下の麻酔下検査(EUA)で不安定性なし
- ✓CTで後方骨性支柱(仙腸関節・後方腸骨)の断裂・脱臼なし
- ✓垂直・回旋方向の転位なし(または最小限)
- ✓仙骨骨折の転位量が許容範囲内(神経症状なし)
❌ 不安定性を示すサイン(B/C型への分類変更を要する)
- ✕透視下の麻酔下検査(EUA)で明確な不安定性
- ✕後方仙腸関節の離開・脱臼(CT)
- ✕片側骨盤の垂直転位(重篤なLC1の後方転位は正面像で上方偏位にみえるため、垂直剪断型との誤診に注意する)[1]
- ✕恥骨結合の離開(2.5 cmを超える離開は前仙腸靱帯断裂を伴うopen-book損傷を疑う)[1]
- ✕多部位損傷(前後方両者の骨折・靱帯断裂)
手術手技
体位
患者は放射線透過性の手術台の上に仰臥位とし、皮膚消毒の前に骨盤の正面像・インレット像・アウトレット像・斜位像のパイロット透視で画像を確認しておく[1]。
手術体位 — 仙腸スクリュー固定の透視セットアップ(仰臥位)
経皮的仙腸スクリュー固定 — 第一選択(仙骨骨折)
適応: 仙骨骨折(61-A1.1)で転位あり、または骨粗鬆症性仙骨骨折で疼痛・機能障害が遷延し保存療法に不応例。低侵襲で後方靱帯複合体への侵襲がない。
経皮的仙腸スクリューの刺入経路 — Inlet/Outlet/側面透視像での軌道確認
- 体位・透視確認: 仰臥位または腹臥位で行い、Mattaが推奨した術中X線透視法(インレット像・アウトレット像)を用いる[1]
- Entry point: 挿入点は殿筋稜前方15 mmの線上、中1/3に置く[1]
- ガイドワイヤー刺入: 透視下に仙腸関節を貫通する経路で、仙骨翼からS1椎体へ進める[1]
- 側面像確認: 側面像でスクリューがS1椎体内の最適な位置にあることを確認する[1]
- スクリュー設置: ワッシャー付き7.3または8.0 mmのキャニュレイテッドスクリューを経皮的に挿入する[1]
- 最終透視: Mattaが推奨した術中X線透視法(インレット像・アウトレット像)で位置を確認し、仙骨神経叢の医原性損傷のリスクを最小にする[1]
⚠️ 仙腸スクリュー ピットフォール
- ✕仙腸スクリュー固定は神経血管損傷とそれに伴う重大な後遺症のリスクが比較的高い[1]
- ✕スクリュー挿入時の仙骨神経叢の医原性損傷 — Mattaが推奨した術中X線透視法でリスクを最小にする[1]
- ✕骨粗鬆症例でのスクリュー把持力不足(washout)— ウォッシャーまたは骨セメント補強を考慮
- ✕仙骨形態によってはS1レベルで経仙骨スクリューを安全に挿入できない — 術前CTで仙骨の形態異常とスクリューの骨性経路を評価する[2]
- ✕不適切な透視と計画 — ピットフォールの多くはこれらと誤った分類・複雑な骨折型に起因する[1]
腸骨翼骨折のプレート固定 — 代替(腸骨翼骨折・転位型)
適応: 腸骨翼骨折(61-A1.2)で転位が大きく、臀筋・股関節機能に影響が予測される例。腸骨稜への前方アプローチからプレート固定を行う。
不安定な腸骨翼骨折は形態が多岐にわたるため症例ごとに内固定を計画し、腸骨稜部は3.5 mmのラグスクリュー、骨盤入口縁では3.5 mmのLC-DCPやリコンストラクションプレートで固定する[1]。
術後管理
術後X線(AP・Inlet・Outlet)— 仙腸スクリュー設置位置の確認
手術タイミング: 血行動態の安定している患者では最終内固定を受傷後14日以内、できれば2〜5日以内に行う。緊急手術を要するのは会陰創傷を伴う開放性骨盤骨折と、骨盤パッキングなしに出血をコントロールできない骨折に限られる[1]
術後荷重: 仙骨前上部の圧潰とわずかに転位した恥骨前枝骨折からなる軽症のLC1損傷は、すぐに離床できる安定した損傷である。手術例では解剖学的整復と安定した内固定が得られれば、部分荷重や全荷重歩行を行える安定性が得られる[1]
VTE予防: 骨盤外傷は血栓塞栓症を高頻度に合併し(深部静脈血栓症35〜61%、肺塞栓症2〜10%)、入院中は持続的に予防投与を行う。外来では4週間の低分子量ヘパリン投与で深部静脈血栓症の発生率が大幅に減少する[1]
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、NSAIDsは骨癒合促進の観点から長期使用を避ける。硬膜外鎮痛・神経ブロックが有効な例もある
リハビリテーション: 骨盤輪安定化のゴールは患者の早期可動であり、安定した内固定が得られれば部分荷重や全荷重歩行を行える[1]
フォローアップ
- 運動開始後: 観血的治療・保存的治療にかかわらずX線を撮影し、遅発性の転位がないかを確認する[1]
- 荷重制限: 荷重制限の期間は8週間以内に留める[1]
- 術後: 解剖学的整復と安定した内固定が得られれば、部分荷重や全荷重歩行を行える[1]
- 神経症状(排尿・排便障害)の経過観察;牽引損傷(neuropraxia)による神経根障害は通常自然に回復し、神経根圧迫は除圧で改善しうるが、神経断裂によるものは回復が期待できない[2]
予後
単純な治療を要する安定型骨盤骨折は、回復が良好である[1]。
- 予後:単純な治療を要する安定した骨盤骨折では回復が良好である[1]
- 骨粗鬆症性仙骨不全骨折:適切な骨粗鬆症治療(ビスホスホネート・テリパラチド)を並行することで再骨折リスクを低減
- 神経症状(仙骨骨折・Denis Zone II/III):神経損傷のリスクはZone IIで20〜30%(仙骨神経根障害が最多)、Zone IIIで50%超(馬尾症候群が最多)である[2]
- 慢性疼痛:骨盤骨折後には後方骨盤輪の非特異的疼痛や腰痛がよく報告されている[1]
- 多発外傷例:多発外傷では、骨盤骨折に関連する死亡率のオッズ比は約2である[1]
📋 上級医報告前チェックリスト
- 1AO分類コードを確認(61-A1 = 安定型骨盤輪骨折 / 後方靱帯複合体温存)
- 2救急室で徒手的な安定性チェックは行わず、安定性に疑問が残る場合は透視下の麻酔下検査(EUA)で不安定性を評価する(B/C型除外)[1]
- 3CTで後方骨性支柱(仙腸関節)の断裂・脱臼がないことを確認
- 4仙骨骨折はDenis分類で評価(Zone III = 脊柱管部は神経損傷リスク高)
- 5神経学的所見を記録(S1〜S3根 / 排尿・排便機能)
- 6循環動態と腹腔内出血の評価(ATLSプロトコル)を確認
- 7骨粗鬆症性仙骨骨折の場合、BMD評価と骨粗鬆症治療の開始を検討
文献
- Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
- Denis F(1988)Sacral fractures: classification and management. Clin Orthop Relat Res, 227:67–81.
- Tile M, Helfet DL, Kellam JF(2003)Fractures of the Pelvis and Acetabulum(3rd ed.). Lippincott Williams & Wilkins.