大腿骨頸部の関節包内骨折 のうち、骨頭直下(subcapital)で嵌入なく転位した 型。AO法骨折治療 第3版(AO/OTA分類)では転位型骨頭下骨折は31B1.3に分類される[2] (本アトラスの31-B3はこの型を指す)。Garden III/IV(転位型)に位置づく[1] 。転位により骨頭を栄養する上被膜下動脈(支帯動脈)が高率に完全断裂し(Garden III 78.9%・IV 80.0%)、非転位型に比べ骨頭壊死(AVN: avascular necrosis)・偽関節のリスクが高い [1] 。このため高齢者では内固定よりも人工物置換(人工骨頭置換 / 人工股関節全置換)が提案される(推奨度1) [1] 点が、非転位・嵌入型(31-B1)と根本的に異なる。
一方で生理的に若い患者(概ね65歳未満で健康・活動的)では、転位例でも骨頭温存を目的に緊急の解剖学的整復+内固定 を試みる[2] 。高齢者では人工骨頭置換 が提案され[1] (衰弱した高齢者ではセメント使用のユニポーラー型が勧められる)、既存の変形性股関節症がある例や活動性の高い例では人工股関節全置換(THA) が適する[2] 。ただしこの年齢の目安には幅があり、境界域では年齢・活動レベル・骨密度・併存疾患・生命予後・患者のコンプライアンスを含めて判断する[2] 。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 大腿骨頚部/転子部骨折は2012年に175,700例で[1] 、頚部骨折/転子部骨折の患者数比は0.93〜0.96と約半数が頸部骨折である[1] 。頸部骨折のうち非転位型は約1/3で、転位型(Garden III/IV)が多くを占める[4]
好発: 高齢女性が主体(大腿骨頚部/転子部骨折全体で、2012年は女性138,100例・男性37,600例)[1] 。若年では高エネルギー外傷[2]
受傷機転: 高齢者は転倒による低エネルギー損傷[1] 、若年者は高エネルギー外傷[2]
1年死亡率: 日本では10%前後、海外では10〜30%(性・年齢・受傷前の歩行能力・認知症に依存)[1]
JOAガイドライン: 大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)CQ2。「高齢者の転位型大腿骨頚部骨折(Garden stage Ⅲ,stage Ⅳ)は人工物置換術を提案する。ただし、対象患者の全身状態、年齢を考慮して、手術法を選択すべきである」(推奨度1/エビデンスの強さB)[1]
注意すべき合併症
骨頭壊死(AVN)・偽関節:内固定を選んだ転位型では偽関節 約20〜30%(18.5〜28.5%)・骨頭壊死 約10%(9.7%)・再手術 10〜49%と高率(人工物置換で再手術を減らせる)[1] [4]
脱臼:THAは人工骨頭置換より脱臼率が高い(9% vs 3%)[4] 。人工物置換後の脱臼率は1〜5.6%と報告され、後方進入で高く、前方進入で低い。デュアルモビリティーカップ使用例では低い傾向が報告されている[1]
人工物周囲骨折:セメント非使用ステムでは術中・術後の大腿骨骨折が多い(骨脆弱例ではセメント使用が提案される)[1]
ボーンセメント注入症候群(BCIS):セメント固定前後の低酸素・低血圧・意識消失(徐脈・心停止の報告もある)[1]
深部静脈血栓症・肺塞栓症:大腿骨近位部骨折全体の術後の血栓症(深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症)の発生率は1.1〜1.9%と報告される[1]
術後感染:人工物置換では深部感染が重大合併症となる[1]
治療方針
⚠️ 保存療法を選ぶ条件
→ 術中死亡のリスクが高いなど、全身状態から手術が選べない場合[4] → 末期疾患のため手術の候補とならない患者(高齢患者の5〜8%と推定。緩和ケアのみで治療)[2] → 転位型は原則として手術適応(保存療法は患者・看護の負担が大きく、予後もよくない)[2]
転位型関節包内骨折は原則として手術適応であり、高齢患者の多くは臥床と鎮痛薬で内科的既往疾患が悪化しやすいため、早期手術が推奨される [2] 。術式は年齢・活動レベル・骨密度・併存疾患・生命予後の見込み・患者のコンプライアンスを含めて選ぶ[2] 。
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 高齢者の転位型:人工物置換術を提案(推奨度1/エビデンスの強さB)。ただし全身状態が悪い場合や年齢が若い場合は慎重に選択する[1] ℹ 標準:人工骨頭置換 (低活動・衰弱例。衰弱した高齢者ではセメント使用のユニポーラー型が勧められ[2] 、活動性の低い例ではbipolar型の優位性は明らかでない[1] ) ℹ THA :活動性が高く麻酔リスクが低い例で考慮してよい[1] 。既存の変形性股関節症がある例にも適する[2] ℹ 骨脆弱例やステム適合不良例では、ステムのセメント固定を提案 (推奨度2。セメント非使用例は術中・術後大腿骨骨折とルースニングが多い)[1] ℹ 生理的に若い例(65歳未満で健康・活動的):緊急の解剖学的整復+内固定 で骨頭温存を試みる[2] ℹ 手術時期は受傷後24〜48時間以内(人工物置換は全身状態を整えて24時間以内が望ましい。骨頭温存目的の若年例も速やかに行う)[2] [4]
年齢の線引きは一つではない
骨接合と人工物置換を分ける単一の年齢線は存在しない。65歳未満で健康・活動的な患者には緊急の解剖学的整復・内固定が勧められる一方[2] 、60歳以下の大腿骨頸部骨折の治療方針は2017年の時点で無作為化試験が進行中とされていた[4] 。この境界域では暦年齢だけでなく、骨折の形態と患者側の条件を合わせて判断される。
🔷 境界域で確認する項目
ℹ 骨折側:転位の程度、頚部後方皮質の圧潰・下方皮質の粉砕、整復可能性[3] ℹ 患者側:年齢、活動レベル、骨密度、併存疾患、生命予後の見込み[2] ℹ 実行可能性:必要な免荷期間を実際に守れるか(高齢者は荷重制限の遵守が困難)[1] ℹ 見通しの共有:骨接合が失敗した場合の再手術と、人工物置換の利点・不利益を説明したうえで方針を決める
⚠️ 留保
→ Garden II(下方皮質が完全に折れた完全骨折で転位なし)も外旋力で転位しうるため、転位を避けるよう愛護的に扱う必要がある[3] → 転位のない骨頭下骨折でも、骨頭のわずかな後捻がある場合は骨頭の阻血性壊死のリスクが高くなり、二次的転位も生じうる[2] → 境界域の判断は施設・術者により異なる
治療選択アルゴリズム — 年齢→若年=内固定/高齢=人工物→hemi/THA
診断・評価
股関節部痛と荷重不能を呈し、転位型では患肢の短縮・外旋変形 を典型的に伴う[2] 。
31-B3の診断ポイント:Garden III/IVの転位
整復前のX線像でGarden分類を評価する[3] 。31-B3はGarden III(部分転位)・IV(完全転位)に概ね相当 し、骨頭直下(subcapital)で骨頭が頸部から転位する。骨頭の傾き・転位の程度をAP・側面像(cross-table lateral)で評価し[1] 、術式選択のため同側股関節の既存の変形性関節症の有無も確認する[2] 。
X線正面像 — 骨頭直下の転位(Garden IV・関節包内)
Garden分類 — I〜IV(31-B3はGarden III/IVに概ね相当)
【必須】 骨盤正面X線、患側股関節の側面(cross-table lateral)X線[2] 。人工物計画のため対側股関節を含む骨盤像
【考慮】 CT・MRI:単純X線で骨折が明らかでない場合(不顕性骨折)[1] 。術前検査:心電図・胸部X線・血液検査・全身状態評価(麻酔・セメントリスク)
人工物置換の原則
✅ 推奨される選択・手技
✓ 高齢転位型は人工物置換を提案(推奨度1)[1] ✓ 骨脆弱例・ステム適合不良例ではステムをセメント固定(セメント非使用例は術中・術後大腿骨骨折が多い)[1] ✓ 活動性・麻酔リスク・既存股関節症の有無で hemi / THA を選択[1] [2] ✓ 適切なoffset・脚長・前傾角を再建し脱臼を予防 ✓ THAでは脱臼予防にデュアルモビリティー・適切なアプローチを考慮[1]
❌ 避けるべき選択・状態
✕ 高齢転位型に内固定を第一選択(AVN・偽関節・再手術高率)[4] ✕ 骨脆弱例・ステム適合不良例へのセメントレスステム(術中・術後大腿骨骨折が多い。セメント使用が提案される=推奨度2)[1] ✕ offset・脚長の再建不良(脱臼・跛行障害) ✕ セメント挿入時のBCIS(血圧低下・心拍出量低下・心停止の報告あり)への無警戒[1]
手術手技
体位
手術体位 後面観(側臥位・後方進入)— 尾側の支持器を仙骨に当てる
手術体位 前面観 — 尾側の支持器を恥骨結合に当て、仙骨側とで骨盤を挟持する
側臥位(人工物置換、後方進入): 患側を上にし、尾側の支持器を後方は仙骨・前方は恥骨結合に当てて骨盤を直接挟持 し、床面に垂直に保つ(カップ設置角度の基準)。頭側の支持器(後方は胸椎・肩甲骨、前方は胸骨)は体幹の回旋を抑える補助であり、これだけでは骨盤は固定できない。内固定例は骨折台仰臥位も用いる。
人工物置換 — 高齢転位型に提案される術式
適応: 概ね65歳以上の転位型(低エネルギー骨折)[4] 。活動性・麻酔リスクで hemi / THA を選択し[1] 、既存の変形性股関節症がある例ではTHAが適する[2]
アプローチ(後方進入)— 皮切線と大転子後縁
短外旋筋群(外旋六筋)の起始・停止・作用・支配神経
bipolar人工骨頭置換 vs 人工股関節全置換(THA)の比較
進入・脱臼: 側臥位で後方(または前方・前外側)進入。関節包を開き骨頭を脱臼させる
骨頭摘出: コルクスクリューで骨頭を摘出し、直径を計測(hemiのヘッドサイズ選択に使用)
頸部骨切除: 小転子上縁を基準に計画された高さ・角度で頸部を切除
髄腔処理: リーマー(THAは臼蓋リーマーも)で髄腔を処理しトライアル
試適合: 脚長・offset・前傾角・脱臼傾向を確認
セメント固定: 髄腔プラグ・セメントガンを用いる第二世代以降のセメント充塡法(第三世代ではセメント混合法の改善・セントラライザーの使用)でステムを設置(BCISに警戒)[1]
整復・最終確認: 脱臼テスト・脚長・可動域を確認し閉創
セメント固定ステム — セメントマントル(均一)とbipolarヘッド
⚠️ 人工物置換 ピットフォール
✕ offset・脚長の再建不良 → 脱臼・跛行障害 ✕ 頸部切除の高さ・角度誤り → 脚長差・インピンジメント ✕ hemiのヘッドサイズ不適合 → 臼蓋痛・軟骨磨耗 ✕ セメント挿入時のBCIS(低血圧・低酸素)への無警戒[1] ✕ 後方進入は他の進入法より脱臼率が高い[1]
内固定 — 生理的に若い例
適応: 概ね65歳未満で健康・活動的な転位型。骨頭温存を目的に緊急で解剖学的に整復し、カニュレイテッドスクリュー(CCS)またはsliding hip screw(DHS。回旋防止のスクリューを追加)で固定する[2] 。容易に整復できなければ繰り返しの整復操作を避けて観血整復に切り替える[2] 。転位例ではsliding hip screwの成績が良い可能性がある[4] 。
術後管理
術後X線像(正面/側面)— セメント固定bipolar人工骨頭置換後の設置確認
手術タイミング: 受傷後24〜48時間以内の早期手術が推奨される[4] [2]
術後荷重: 人工物置換例は術翌日から全荷重 を許可し早期離床を図る[2] 。内固定例は固定性が良好であれば早期荷重を行ってよい[1]
脱臼予防: 後方進入では股関節屈曲90°以上・内旋・内転を避けるよう指導。高さのある便座・外転枕を使用
VTE予防: 周術期に静脈血栓塞栓症の予防を行う[4]
疼痛管理: 神経ブロック(大腿神経ブロック・腸骨筋膜下ブロックなど)、アセトアミノフェン、NSAIDsは疼痛管理に有用である[1] 。神経ブロックのせん妄予防効果は確立していない[1]
リハビリテーション: 術翌日から立位・歩行練習を開始[2] 。脱臼予防動作を含めADL訓練を積極導入
フォローアップ
術後2〜6週: X線(人工物の設置・脱臼・沈下の有無)
術後3ヶ月: X線、歩行能力評価、疼痛評価
術後1年以降: インプラントの緩み・摩耗・FLS介入確認。内固定例は遅発性骨頭圧潰が術後1〜2年に明らかとなることが多く、少なくとも術後2年間は経過を観察する[1]
脱臼・インプラント緩み・感染の所見があれば追加治療を検討
予後
高齢(65歳以上)の転位型(31-B3)では人工物置換により内固定より再手術が少なく、術後1年以内の機能・QOLも良好である。一方で感染・脱臼など置換特有の合併症に留意する[4] 。
1年死亡率:日本では10%前後、海外では10〜30%[1]
脱臼率:THAは人工骨頭置換より高い(9% vs 3%)[4] 。人工物置換後の脱臼率は1〜5.6%と報告され、後方進入で高く、前方進入で低い。デュアルモビリティーカップ使用例では低い傾向が報告されている[1]
再手術:内固定(転位型)は人工物置換より再手術が多い(再手術率10〜49%)[4] 。人工骨頭のセメント使用と非使用で再手術率に有意差はない[5] 。80歳以上ではbipolar型とunipolar型で機能的予後・1年生存率に有意差はない(79歳以下の活動性の高い例ではbipolar型が提案される)[1]
術後歩行能力:年齢・受傷前の歩行能力・認知症の程度に強く依存[1]
大腿骨頚部/転子部骨折後は二次骨折リスクが高く、骨粗鬆症治療と転倒予防対策が推奨される(推奨度1)[1] 。FLS(骨折リエゾンサービス)は二次骨折を減らすと報告されている[1] 。
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(本アトラスの31-B3 = 転位型・骨頭直下 / 関節包内。AO法骨折治療 第3版の分類では31B1.3)[2] 2 Garden分類を評価(III/IVが31-B3に概ね相当) 3 患者年齢・活動性・認知機能・股関節症を確認(hemi vs THA) 4 手術適応・時期を確認(受傷後24〜48時間以内) 5 術式を確認(高齢転位→人工骨頭/THA、若年→解剖整復+内固定) 6 セメント使用時はBCISリスクを麻酔科と共有 7 注意すべき合併症を把握(脱臼・人工物周囲骨折・感染・BCIS) 8 JOAガイドライン根拠を確認(CQ2:高齢者の転位型に人工物置換術を提案・推奨度1/エビデンスの強さB)
文献
日本整形外科学会(2021)大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版). 南江堂. https://minds.jcqhc.or.jp/common/summary/pdf/c00625.pdf
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
Garden RS(1961)Low-angle fixation in fractures of the femoral neck. J Bone Joint Surg Br, 43-B:647–63.
Bhandari M, Swiontkowski M(2017)Management of Acute Hip Fracture. N Engl J Med, 377:2053–62. PMID: 29166235
Liu B, Li A, Wang J, et al.(2020)Cemented versus uncemented hemiarthroplasty for elderly patients with displaced fracture of the femoral neck: a PRISMA-compliant meta-analysis of randomized controlled trials. Medicine (Baltimore), 99(33):e21731. DOI: 10.1097/MD.0000000000021731 PMID: 32872057