大腿骨頸部の関節包内骨折 のうち、転位がない、または外反方向に嵌入した安定型(Garden I/II)。AO分類31-B1に相当する。関節包内骨折のため内側大腿回旋動脈由来の骨頭血流が途絶しやすく、骨頭壊死(AVN)と偽関節が最大の懸念 となる点が、関節包外の転子部骨折(31-A)と本質的に異なる。
非転位・外反嵌入型では整復せずそのまま(in-situ)平行カニュレイテッドスクリューで固定 するのが原則で、嵌入の解除(disimpaction)は固定不安定化を招くため原則として行わない。ただし近年は、固定性の高いインプラントを前提に整復を行う立場も提示されている(「整復の是非」参照)。外反嵌入が15°を超える例(31-B1.1)はAVN・頸部短縮のリスクが高い。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 大腿骨近位部骨折のうち頸部骨折と転子部骨折の患者数はほぼ同程度(頚部骨折/転子部骨折の患者数比0.93〜0.96、2009〜2014年)[1]
好発: 骨粗鬆症を基盤とする高齢者に多く、女性に多い[1]
受傷機転: 高齢者は低エネルギー転倒、若年者は高エネルギー外傷
1年死亡率: 大腿骨頸部骨折の1年以内の死亡率は日本で10%前後、海外で10〜30%。男性・高齢・受傷前の歩行能力の低さ・認知症で生命予後が不良[1]
JOAガイドライン: 大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)。頚部骨折の治療は第6章、周術期管理は第8章。推奨の強さは1(強い)・2(弱い)、エビデンスの強さはA〜Dで示される[1]
注意すべき合併症
骨頭壊死(AVN):約10〜16%(外反嵌入>15°の31-B1.1で高率)
偽関節・骨癒合不全:非転位型の骨接合術後の再転位または偽関節は4.3%(メタ解析)。骨癒合率は非転位型84〜100%、転位型59〜97%[1]
二次転位:大腿骨頭のわずかな後捻がある場合は特に生じうる[2]
大腿骨頸部短縮
深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症:大腿骨近位部骨折の術後に1.1〜1.9%[1]
術後感染(SSI):骨接合術で0.2〜3.9%(人工骨頭置換術では0.6〜10.0%)[1]
治療方針
⚠️ 保存療法を選ぶ条件
→ 全身状態が手術に耐えられない場合(手術に耐えうる症例には保存治療は行わないほうがよい)[1] → 末期疾患のため手術療法の候補にならない場合(緩和ケアで治療)[2] → 嵌入型でも二次転位のリスクがあり、保存療法は原則として推奨されない
転位のない骨折や外反嵌入骨頭下骨折は保存療法でも治癒するほど安定している場合があるが、ほとんどは受傷後早期に外科的に治療するのが現在のコンセンサスである 。二次的転位を生じうるため内固定が必要で、大腿骨頭のわずかな後捻がある場合(骨頭壊死のリスクが高い)は特にそうである[2] 。
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 31-B1(非転位・外反嵌入型)は早期内固定が第一選択 ℹ 手術時期は、入院後24時間以内の緊急手術は必須ではないが、内科的合併症で手術が遅れる場合を除き、できるだけ早期に行うべきとする報告が多い[1] ℹ 内固定材料:スクリューとSHS(sliding hip screw)で術後成績に明らかな差はなく、骨癒合・合併症にも有意差がない[1] ℹ 代替:日本ではHanssonピンも用いられ、非転位型骨折のよい適応とされる[1] ℹ 非転位型は手術治療で94〜100%に骨癒合が得られる(保存治療では14〜46%に転位)[1] ℹ 外反嵌入の解除(disimpaction)は原則として行わない(固定不安定化を招く)
治療選択アルゴリズム — 非転位/嵌入型に基づく術式選択フロー
診断・評価
股関節部の疼痛と荷重困難を呈する。骨頭下骨折では受傷直後の短縮・外旋が軽度でも、数時間〜数日で増悪することがある[3] 。
31-B1の診断ポイント:Garden分類と転位の有無
X線正面像でGarden分類(I:不全外反嵌入、II:完全非転位、III:部分転位、IV:完全転位)を評価する。31-B1はGarden I/IIに相当する。側面像での後方傾斜角(posterior tilt) が20°を超える例は固定失敗・転位リスクが高い。単純X線で骨折が不明瞭な場合はCTまたはMRIで確認する。
X線正面像 — 外反嵌入・Garden alignmentの評価
X線側面像 — 後方傾斜角の評価
Garden分類 — I〜IVの転位段階(31-B1はI/II)
【必須】 骨盤正面X線、患側股関節正面・側面(cross-table lateral)X線
【考慮】 単純X線で骨折がみられず不顕性骨折が疑われる場合はMRI(CTより診断精度が高い)[2]
整復・固定の原則
✅ 許容される固定(in-situ)
✓ 非転位・外反嵌入型は整復せずそのまま固定する(in-situ fixation) ✓ スクリュー固定では2本より3本のほうが関節形成術への再手術率が低い[1] ✓ 転位型骨頭下骨折をスクリューで固定する場合、スクリューは頸部の皮質に沿って円周状に置き、下方のスクリューは頸部下方皮質(calcar)に接するようにする[2] ✓ 転位型骨頭下骨折の固定では、スクリューをできるだけ頸部の骨皮質に沿わせ、3本すべてのねじ切り部を骨折線を越えて骨頭骨片側に置く[2] ✓ スクリューが股関節内を貫通していないことを術中透視で多方向から確認する[2]
❌ 避けるべき操作・状態
✕ 固定性を確保できないままの外反嵌入の解除 — 不安定化・AVNリスク増大 ✕ 術前の後方傾斜角20°以上の見落とし(60歳以上のGarden I–II例では内固定後の再手術が多い)[4] ✕ スクリューの平行性欠如(骨片がスライドせず骨折部に二次的な圧迫が加わらない)[2] ✕ スクリューの股関節内への貫通(転位型頸部骨折のスクリュー固定では、術中透視で多方向から貫通がないことを確認する)[2] ✕ 下方スクリューが頸部下方皮質(calcar)に接していない配置(転位型頸部骨折のスクリュー固定では、下方スクリューはcalcarに接するべきとされる)[2]
整復の是非 — 近年の議論
「外反嵌入は解除しない」という原則は、固定性の低いインプラントを前提とした時代の整理でもある。角度安定型・三次元的な固定性の高いインプラントが選択できる現在、骨頭血流の回復を優先して整復を行う立場が提示されている。
🔷 整復を支持する根拠と手技
ℹ 小児の大腿骨頸部骨折の内固定では、整復不良が骨頭壊死の危険因子とするメタ解析がある(独立した因子かは未確定)[6] ℹ 20〜65歳の低エネルギー損傷による頸部骨折を複数本の中空スクリューで固定した検討で、整復の質のみが再手術と関連したとする報告がある[7] ℹ 55歳未満の頚部骨折後骨頭壊死例の検討で、後方傾斜の残存は予後に影響しうるとされ、初回手術で後方傾斜角を7°以内とすることが提案されている[8] ℹ 手技:牽引台で下方に牽引し、会陰柱との間にタオルを挿入して外側へ牽引、患肢を内旋する ℹ 下方と外側の合力が頸部を延長する方向に働くことで整復される ℹ 牽引を緩めても整復位が保てれば、そのまま固定する ℹ 内反への過整復は避け、5〜10°の外反を許容する
⚠️ 後捻以外に適応を分ける指標(未確立)
→ Head–Fx distance(HFD):骨頭の変曲点から骨折部までの距離 → 骨頭下骨折は骨が薄く支持が得られにくく、ORIFの適応になりにくい → 8〜10mm前後が候補として挙げられているが、閾値は確立していない → ADL・受傷から手術までの時間も併せて判断する
手術手技
体位
手術体位・手術台セットアップ(骨折台での仰臥位)
骨折台での仰臥位(標準): 牽引手術台またはX線透過性手術台で仰臥位とし、透視装置は患側の反対側、両下肢の間に置く[2] 。完全骨折で転位のない例(Garden Stage II)は、転位を生じさせないよう愛護的に扱う[3] 。
in-situ 平行カニュレイテッドスクリュー固定 — 第一選択
適応: 非転位型(Garden I/II)の内固定材料はスクリューとSHSのいずれを選択してもよく、術後成績に明らかな差はない。Hanssonピンも非転位型骨折によい適応とされる[1] 。
アプローチ — 大転子遠位の経皮的小切開
スクリュー配置概念図 — inverted triangle(AP / 軸位)
整復確認: Garden Stage I(不完全骨折)では整復は問題にならないが、高度の外反位には注意する[3] 。側面像で後方傾斜を確認する[4]
皮膚切開: キャニュレイテッドスクリューは小皮切から経皮的に挿入できる[2]
ガイドワイヤー刺入(下方): 下方のスクリューは大腿骨頚部の下方皮質(calcar)に接する位置に置き、透視で位置を確認する[2]
ガイドワイヤー刺入(残り2本): 3本を互いに平行に、頚部の骨皮質に沿って円周上に配置する[2]
長さ計測: 3本すべてのねじ切り部が骨折線を完全に越えて骨頭骨片内に入る長さとし、多くの場合16 mmのねじ長が必要である[2]
スクリュー設置: 骨質がよければキャニュレイテッドスクリューを2〜3本(できれば3本)互いに平行に挿入し、骨片同士に圧迫を加える[2]
最終確認: 透視で多方向からスクリュー位置を確認し、股関節内への貫通がないことを確かめる[2]
術中透視像 — スクリュー位置確認(AP / 軸位)
⚠️ スクリュー固定 ピットフォール
✕ 転位のない完全骨折(Garden Stage II)を愛護的に扱わないことによる転位の誘発[3] ✕ スクリューの非平行配置 → 骨片のスライドと骨折部への二次的な圧迫が得られない[2] ✕ 下方スクリューが頚部下方皮質(calcar)から離れる → 頚部の円周に沿った配置による転位の防止が得られない[2] ✕ 股関節内へのスクリュー貫通の見落とし(多方向の透視確認の不足)[2] ✕ 術前の後方傾斜20°以上の見落とし → 60歳以上のGarden I–II例では再手術が多い(20°以上で14/25例、それ未満で12/88例)[4]
大腿骨頸部システム(FNS)など — 代替選択肢
適応: 角度安定性のあるインプラント(SHSなど)とスクリューの比較では偽関節・骨頭壊死の発生率に有意差がなく、いずれを選択してもよい[1] 。
術後管理
術後X線像(AP / Lateral)— スクリュー位置・整復位確認
手術タイミング: 緊急で入院後24時間以内に手術する必要はないが、内科的合併症で遅れる場合を除きできるだけ早期に手術を行うべきとする報告が多く、早期手術は合併症が少なく、生存率が高く、入院期間が短い[1]
術後荷重: 非転位型では早期荷重による合併症は少なく、早期に歩行できることは患者の利益である。高齢者は荷重制限の遵守が難しい[1]
VTE予防: エドキサバン(リクシアナ)または低分子ヘパリン皮下注を術後12〜24時間より開始
疼痛管理: 術後の神経ブロック(FNB、FICBなど)は疼痛管理に有用で、アセトアミノフェンも術後疼痛に効果を示す[1]
リハビリテーション: 術後1日目から動かすことを目標とする[2] 。入院中は多職種連携によるリハビリテーションを行うことが提案されている[1]
フォローアップ
術後早期: X線撮影(整復位・スクリュー位置・二次転位の有無)
術後3ヶ月: X線撮影、骨癒合評価(骨折は3か月以内に完全に治癒することが望ましい[2] )、歩行能力評価
術後6ヶ月〜2年: 術後6ヵ月のMRIで骨頭壊死が否定できればその後の経過観察は不要とされるが、遅発性骨頭圧潰(LSC)は術後1〜2年で明らかになることが多く、少なくとも術後2年間経過観察する[1] 。FLS介入を確認する
固定不良・整復喪失が生じたら、失敗のタイプ・骨質・年齢・ニーズを考慮し、再内固定、外反骨切り、人工骨頭置換または人工関節置換を選ぶ[2]
予後
非転位・外反嵌入型(31-B1)は転位型(31-B3)に比べ骨癒合率が高く予後良好だが、AVNは一定の頻度で発生する。
1年死亡率:日本では10%前後、海外では10〜30%と報告され、性・年齢・受傷前の歩行能力・認知症が生命予後に影響する[1]
骨癒合率:非転位型(Garden I/II)で84〜100%と報告されている[1]
骨頭壊死(AVN):約10〜16%(外反嵌入>15°の31-B1.1で高率)
内固定後の再転位・偽関節:非転位型の骨接合術のメタ解析で4.3%[1] 。60歳以上のGarden I–II例では1年以内の再手術が23%であった[4]
術後歩行能力:主に年齢、受傷前の歩行能力、認知症の程度が影響する[1]
大腿骨近位部骨折を生じた患者は二次骨折リスクが高く、骨粗鬆症治療や転倒予防対策が推奨される。骨折リエゾンサービス(FLS)については、二次骨折発生率に差がないとする報告と、6〜30%の骨折予防効果があるとする報告がある。大腿骨近位部骨折後の次の大腿骨近位部骨折の相対危険度は2.2と報告されている[1] 。
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(31-B1 = 非転位・外反嵌入型の頸部骨折 / 関節包内) 2 Garden分類を評価(I/IIが31-B1、III/IVは31-B3) 3 術前の後方傾斜角を確認(60歳以上のGarden I–II例では術前20°以上が再手術の予測因子[4] ) 4 手術時期を確認(内科的合併症で遅れる場合を除き、できるだけ早期に手術を行う[1] ) 5 術式を確認(スクリュー固定は2本より3本で関節形成術への再手術率が低い[1] ) 6 in-situ固定の原則を確認(外反嵌入の解除はしない) 7 注意すべき合併症を把握(骨頭壊死・偽関節・再転位[1] ) 8 JOAガイドライン根拠を確認(頚部骨折の治療は第6章、周術期管理は第8章。評価は推奨度1・2とエビデンスの強さA〜D)
文献
日本整形外科学会(2021)大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版). 南江堂. https://minds.jcqhc.or.jp/common/summary/pdf/c00625.pdf
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
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