上腕骨骨幹部に生じる骨折線が不規則に多数走行し、明確な分節構造を持たない最重症の複雑粉砕骨折 。AO分類12-C3に相当し、C群(複雑型)の中で最も骨折形態が複雑で整復・固定が困難な骨折型に位置づけられる。高エネルギー外傷(交通事故・銃創・墜落)が主な原因であり、橈骨神経損傷(10〜18%)・上腕動脈損傷・広範な軟部組織損傷 を高率に合併する。治療の原則は早期手術安定化(ブリッジプレート固定または髄内釘) であり、骨移植・段階的手術(ダメージコントロール)を要することが多い。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 上腕骨骨幹部骨折全体で年間約1.5〜2.5/100,000/年。複雑型(12-C)は全上腕骨幹部骨折の約10〜15%。12-C3(不規則粉砕型)はその中でも最も重症な亜型
好発: 20〜50歳の男性(高エネルギー外傷)および骨粗鬆症を有する高齢者(低エネルギー骨折が粉砕型を呈する場合)
受傷機転: 典型的には直達外力で生じるが、野球や腕相撲のように回旋負荷の大きなスポーツでも起こる[1]
手術適応: 保存治療では機能的装具療法が最も広く受け入れられており、分節骨折や保存治療で整復位の維持が困難な骨折は骨接合術の相対的適応となる[1]
注意すべき合併症
橈骨神経損傷: 開放創に伴う橈骨神経麻痺は外傷性の神経損傷を高率に合併するため展開が必須で、神経が損傷していれば早期に顕微鏡視下で再建や神経移植を行うと最も予後がよい[1]
偽関節・遷延癒合: 不十分な固定・粗雑な軟部組織の扱い・全周性の骨膜剥離が偽関節の原因となるため、プレート固定では軟部組織を愛護的に扱う[1]
血管損傷: 確率は低いが合併することがあり、血管損傷合併例は上腕骨骨幹部骨折で緊急手術の適応となる数少ない例[1]
コンパートメント症候群(上腕): 開放骨折・高エネルギー例では注意が必要(約1〜2%)。前腕コンパートメントも同時に評価する
感染: 上肢の感染は下肢骨折と比べて多くない。糖尿病などの既往歴や危険因子を考慮し、感染の危険性と手術療法の利点を患者ごとに検討する[1]
肩関節・肘関節拘縮: 骨折が関節周囲や関節内に及ばない限り、プレート固定後に肩・肘関節の拘縮をきたすことは稀[1]
上腕神経叢損傷: 腕神経叢損傷の合併は骨接合術の相対的適応の一つ[1]
治療方針
上腕骨骨幹部骨折では、血管損傷を合併している症例以外に緊急手術の適応はほとんどなく、開放骨折には迅速に対応する[1]
⚠️ 保存療法の適応条件
→ 分節骨折や保存治療で整復位の維持が困難な骨折は、骨接合術の相対的適応となる[1] → 手術の適否は、患者の年齢・骨折形態・合併損傷や合併疾患・コンプライアンスをすべて考慮して決める[1] → 創外固定の適応は限られ、主に広範囲の軟部組織損傷・骨欠損・重度の汚染・血管欠損・感染例などの初期治療に用いる[1] → 開放骨折:骨接合術の絶対的適応であり、迅速に対応する[1]
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ プレート固定(架橋プレート/MIPO):ほとんどすべての上腕骨骨折に用いることができ、多骨片骨折では長いプレートを架橋プレートとして用いる。MIPOは多骨片骨折のプレート固定で検討される[1] ℹ 代替:順行性髄内釘(Antegrade IM Nailing)— 分節骨折で特に有用。プレートと癒合率は同等だが合併症率が高く、順行性挿入は肩症状の発生率が高い[1] ℹ 逆行性髄内釘(Retrograde IM Nailing):可能だが技術的に困難で、医原性の上腕骨遠位端骨折の重大なリスクを伴う[1] ℹ 橈骨神経損傷合併例:開放創に伴う麻痺は展開が必須。閉鎖骨折で受傷時からある麻痺は多くが一過性神経伝導障害で、一期的な神経探査の絶対適応ではない[1] ℹ 開放骨折:プレート固定は開放骨折と閉鎖骨折の両方で一貫して良好な結果が得られる[1] ℹ 広範囲の軟部組織損傷・重度の汚染・血管欠損を伴う場合:創外固定を初期治療に用いる。片側ハーフピンフレームで骨折は十分に安定する[1] ℹ 骨移植:プレート固定600例の報告では、一次的骨移植は複雑な多骨片骨折または骨欠損にのみ用いられた[1]
治療選択アルゴリズム — 不規則粉砕型(12-C3)の開放骨折・橈骨神経損傷・軟部組織状態に基づく術式選択フロー
診断・評価
腫脹・内出血・変形・開放創は上腕後面や内側面にも起こりうることに注意し、四肢全体の血管障害・神経障害を慎重に評価する。いかなる整復操作の前にも、受傷時の橈骨神経と後骨間神経の評価が不可欠 [1] 。
12-C3の診断ポイント
X線は互いに垂直な2方向で、肩と肘の関節を含む全長を1枚に撮影し、アライメントと回旋を評価する。骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合はCTが役立つ[1] 。
X線正面像・側面像 — 上腕骨骨幹部不規則粉砕骨折(骨片が多数・骨折線が不規則走行)
CT 3D再構成 — 粉砕骨折の全体像・骨片分布・橈骨神経走行との位置関係評価
AO分類 12-C3 骨折型模式図 — 複雑不規則粉砕型(骨片多数・分節構造不明瞭な最重症型)
【必須】 肩関節・肘関節を含む上腕骨全長の互いに垂直な2方向X線、整復操作前の橈骨神経・後骨間神経の評価、四肢全体の血管障害・神経障害の評価[1]
【考慮】 CT(骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合)[1]
✅ 機能的に許容される変形(機能的装具療法)
✓ 角状変形:前方凸変形<20°、内反変形<30°[1] ✓ 回旋:<40°[1] ✓ 短縮:<3 cm(機能的には許容されるが、整容上の著しい変形、特に短縮と内反は患者に受け入れられにくい)[1]
❌ 許容されない変形・状態
✕ 橈骨神経損傷の見落とし(初期評価時・徒手整復時・手術時に必ず慎重に橈骨神経の状態をチェックする)[1] ✕ 血管損傷の見落とし(血管損傷合併例は骨接合術の絶対的適応で、緊急手術の適応となる)[1] ✕ 骨欠損の見落とし(一次的骨移植は複雑な多骨片骨折または骨欠損に用いられる)[1] ✕ 開放骨折の汚染・軟部組織損傷の過小評価
手術手技
体位
手術体位 — 仰臥位(砂袋で患側挙上)またはビーチチェア位でのCアームセットアップ
仰臥位: 前方(前外側)進入法では仰臥位かビーチチェア位とし、理想的にはX線透過性の手術台を用いる[1] 。
ビーチチェア位(胸部を約30°挙上): 順行性髄内釘では仰臥位または半坐位/ビーチチェア位とし、肩峰の前外側部に約3cmの小切開をおく[1] 。
架橋プレート固定(Bridge Plate / MIPO)
アプローチ — 前外側(Henry)アプローチと橈骨神経の同定・保護(上腕骨全長展開)
アプローチ計画: 近位〜中1/3の骨折には前外側進入法、遠位1/3の骨折には後方進入法が最も多く用いられる。後方や前外側の軟部組織の状態が悪い場合や血管損傷合併例では内側進入法を用いる[1]
橈骨神経の同定・保護: 前外側進入法では皮切の遠位部で上腕筋を分割し、その外側部をバリアとして橈骨神経を保護する。橈骨神経がプレート下に挟まれないよう注意する[1]
骨折の評価: 整復は愛護的に行い軟部組織の損傷を最小限に抑える。骨膜の血流を温存するため、プレートは骨膜上に設置する[1]
プレート選択・試適: 上腕骨は回旋可動域が広いため、モーメントアームが長くなるよう長いプレートを選ぶ。ほとんどの患者には3.5mm LCP、大柄な患者には4.5mm LCP(またはDCP 4.5)を用い、いずれも8穴以上とする[1]
近位・遠位固定: 骨折部の上下それぞれで、スクリューが皮質骨を6〜8か所貫通する(通常プレートの3〜4穴に相当)よう固定する[1]
骨移植: 一次的骨移植は、複雑な多骨片骨折または骨欠損がある場合に使用する[1]
ブリッジプレート設置概念図 — 長LCPプレートによる全骨折部の橋渡し固定と骨移植充填
整復・アライメント確認: 注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復する。多骨片骨折では一時的な創外固定器が整復とその維持に役立つ[1]
最終確認・閉創: 橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないことを直視で確認する[1]
⚠️ ブリッジプレート ピットフォール
✕ 橈骨神経の損傷 → プレート下に神経が挟まれないよう注意し、神経を同定する場合はニューロプラキシーを避けるため展開や扱いを愛護的に行う[1] ✕ プレートが短すぎる → 上腕骨は回旋可動域が広いため、モーメントアームが長くなるよう長いプレート(8穴以上)を使う[1] ✕ プレート固定やスクリュー挿入時の骨膜剥離 → 骨膜は剥離しない。橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないか直視で確認する[1] ✕ 骨欠損の見落とし → 骨欠損がある場合は一次的骨移植を使用する[1] ✕ 回旋不整 → 整復時に注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復する[1]
順行性髄内釘(Antegrade IM Nailing)— 代替術式(骨折部位による)
適応: 髄内釘は特に病的骨折や分節骨折で有用である。閉鎖式の髄内釘挿入術では術中に橈骨神経を確認できない[1] 。
エントリーポイント — 上腕骨頭頂部(肩峰後内側)のガイドワイヤー刺入と透視確認
エントリーポイント作成: 肩峰の前外側部に約3cmの皮切をおき、三角筋を分割して展開する。腱板を確認し、筋線維と平行に切開する[1]
ガイドワイヤー通過: 閉鎖性髄内釘では、髄内釘自体やガイドワイヤーを整復器具として使いながら透視下に整復する[1]
リーミング: ネイル挿入時に大きな抵抗がある場合は、エントリーポイントの拡大、リーマによる髄腔の拡大、細いネイルへの切り替えのいずれかで対処する[1]
ネイル挿入・ロッキング: ネイルは骨折整復後に、ハンマーを使わず小刻みに回転させながら徒手的に骨折間隙を越えて挿入する。安定性を高めるため近位・遠位の両方でダブルロッキングを行う[1]
最終確認: 横止めスクリューが対側皮質から2mm以上突出していないことを確認する[1]
術中透視像 — 粉砕骨折へのネイル通過と近位・遠位ロッキングスクリュー配置確認
⚠️ 髄内釘 ピットフォール
✕ ネイル挿入中の透視確認不足 → ネイル挿入中は骨のすべての部分をX線学的に確認できるようにする[1] ✕ 髄内釘挿入による医原性骨折 → 透視下で監視しながら無理なく挿入し、大きな抵抗があればエントリーポイントの拡大・リーミング・細いネイルへの変更で対処する[1] ✕ 近位や遠位骨幹部の骨折、特に関節面に及ぶ骨折 → プレート固定が最もよい適応である[1] ✕ 粉砕型での骨欠損を見落としてのネイル固定 → 骨欠損があれば骨移植を追加 ✕ 橈骨神経損傷の術前確認忘れ → IM釘では神経探索ができないため、術前に必ず神経評価
術後管理
術後X線像(正面/側面)— ブリッジプレート固定(長LCPで全骨折部をカバー・骨移植充填後)
手術タイミング: 血管損傷を合併する症例以外に緊急手術の適応はほとんどない。開放骨折は迅速に対応する[1]
術後荷重: 皮膚創が治癒するまでは肘・肩の可動域を自動介助運動で徐々に拡大し、その後自動運動を開始する。抵抗運動はX線像で架橋仮骨が確認できてから開始する[1]
VTE予防: 上腕骨骨幹部骨折では血栓リスクは下肢骨折より低いが、多発外傷・長期臥床例では弾性ストッキング・間欠的空気圧迫装置(IPC)・早期離床を推奨。抗凝固薬は個別判断
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本。NSAIDsは骨癒合への影響を考慮し短期・最小量使用。上腕神経ブロック・腕神経叢ブロックは術後疼痛管理に有効。橈骨神経損傷後の神経障害性疼痛にはプレガバリンを検討
橈骨神経管理: 閉鎖骨折で受傷時から橈骨神経麻痺を呈する場合、多くは一過性神経伝導障害(neurapraxia)であり、一期的な神経探査の絶対適応ではない[1]
リハビリテーション: 髄内釘固定術後は肩と肘の運動を直ちに開始できるが、回旋抵抗運動は避ける。プレート固定・髄内釘挿入後は、状況が良好であれば制限なしで歩行補助具を使用できる[1]
フォローアップ
術後2週: 創部確認・X線撮影(アライメント・スクリュー位置・プレート位置)、橈骨神経評価
術後6週: X線撮影(仮骨形成の確認)。仮骨形成が乏しい場合は骨移植・固定材料の再検討
X線で架橋仮骨を確認: 上肢の抵抗運動は、X線像で架橋仮骨が確認できてから開始する[1]
術後6ヶ月: 偽関節が疑われる場合はCTで評価。骨移植・インプラント変更・ダイナミゼーションを検討。橈骨神経麻痺例でのEMG再評価
術後1年: 最終骨癒合確認・機能評価。インプラント抜去は症状がなければ必須ではない
予後
骨癒合率:上腕骨プレート固定600例の報告で92〜98%(一次的骨移植は複雑な多骨片骨折または骨欠損にのみ使用)[1]
骨癒合期間:約16〜28週(粉砕型は最も癒合が遅延する傾向。骨移植なしでは更に延長)
橈骨神経麻痺の自然回復率:閉鎖骨折で受傷時から生じた麻痺は多くが一過性神経伝導障害で、神経損傷の95%以上が自然に回復する。診察と定期的な電気生理学的検査で経過を追う[1]
偽関節(非癒合):不十分な固定、粗雑な軟部組織の扱い、全周性の骨膜剥離はいずれも偽関節の原因となる[1]
感染:上腕骨プレート固定600例の報告で1%未満[1]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(12-C3 = 上腕骨骨幹部・複雑不規則粉砕型・最重症型) 2 骨折範囲を確認(肩関節と肘関節を含む上腕全長を互いに垂直な2方向でX線撮影)[1] 3 橈骨神経の状態を評価・記録(初期評価時・徒手整復時・手術時)[1] 4 血管損傷を除外(四肢全体の血管障害を慎重に検討)[1] 5 開放骨折の有無を記録(開放骨折は迅速に対応する)[1] 6 骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合は術前CTで評価したか[1] 7 術式選択の根拠を確認(架橋プレート / 髄内釘 / 広範囲の軟部組織損傷・骨欠損・重度汚染例の初期治療としての創外固定)[1] 8 プレート固定での一次的骨移植の要否を確認(複雑な多骨片骨折または骨欠損の場合)[1] 9 術後橈骨神経フォロー計画を患者に説明(回復しない場合の神経探索タイミング:術後3〜4ヶ月)
文献
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
Mahabier KC et al.(2013)Humeral shaft fractures: retrospective results of non-operative and operative treatment of 186 patients. Injury, 44(4):427–30. PMID: 22938959
Ouyang H et al.(2013)Intramedullary nail versus plate fixation for humeral shaft fractures: a systematic review. J Orthop Surg Res, 8:40.
Ekholm R et al.(2006)Fractures of the shaft of the humerus. An epidemiological study of 401 fractures. J Bone Joint Surg Br, 88-B:1469–73. PMID: 17075092
Bumbasirevic M et al.(2010)Radial nerve palsy associated with fractures of the shaft of the humerus: a systematic review. J Bone Joint Surg Br, 92-B:1532–7.