上腕骨骨幹部の単純骨折(AO/OTA分類12A)のうちの横骨折 である。上腕骨骨幹部骨折は典型的には直達外力によって生じるが、野球や腕相撲のように回旋負荷の大きなスポーツでも起こる[1] 。上腕骨骨幹部骨折には機能的装具(ファンクショナルブレース)療法が最も広く受け入れられている治療方法だが、横骨折は骨接合術の相対的適応 に挙げられている[1] 。
重症度・疫学
年間発生件数(日本): 上腕骨骨幹部骨折全体で約14〜20/100,000/年。12-A3(横骨折)は全上腕骨幹部骨折の約10〜15%
好発: 若年成人(交通事故・スポーツ外傷・転倒)。中高年では骨粗鬆症性骨折として多発
受傷機転: 上腕骨骨幹部骨折の多くは、高齢者が単純な転倒で受傷した閉鎖骨折である[2]
注意すべき合併症
橈骨神経麻痺(Radial nerve palsy):上腕骨骨幹部骨折全体の8%で、骨幹部中央・遠位の骨折で生じやすい[2] 。下垂手(wrist drop)を起こす[1]
偽関節(Nonunion):機能的装具療法で6.3%(79例中5例)。骨片間の接触がわずかな横骨折で偽関節が生じた[3]
DVT/PE:上肢骨折では下肢に比べ少ないが、長期臥床・肥満患者では留意
遷延癒合:保存治療では骨片間間隙・喫煙・女性が骨癒合までの時間を延ばす独立したリスク因子である[1]
感染:上腕骨プレート固定600例の報告で感染率は1%未満[1]
コンパートメント症候群:上腕部では比較的稀だが高エネルギー外傷では除外が必要
治療方針
装具療法の理想的な適応は骨幹部中央・近位1/3の閉鎖性の螺旋骨折・斜骨折で、整復後に骨幹の一側が他方の骨片と接触していることが求められる[3] 。横骨折は骨接合術の相対的適応である[1] 。
⚠️ 保存療法の適応条件
→ 適応:整復後に骨幹の一側が他方の骨片と接触していること・治療に協力でき過度の肥満がないこと[3] → 装具の装着:受傷後おおむね5日で機能的装具(ファンクショナルブレース)を装着し、平均8.7週間継続した[3] → 許容変位:前方凸変形20°未満・内反変形30°未満・回旋変形40°未満・短縮3 cm未満は機能的に十分許容される[1] → 装具療法の理想的な適応は、協力的で過度な肥満のない患者に生じた上腕骨中1/3または近位1/3の閉鎖性の螺旋骨折・斜骨折で、遠位の骨折には装具療法は推奨されない[3] → 偽関節となった場合はプレート固定が第一選択である[1]
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ プレート固定:ほとんどすべての上腕骨骨折に用いることができ、近位や遠位骨幹部の骨折、特に関節面に及ぶ骨折が最もよい適応[1] ℹ 適応:絶対的適応は開放骨折・浮遊肩または浮遊肘・血管損傷・両側上腕骨骨折(多発外傷)・続発性橈骨神経損傷。相対的適応に分節骨折・保存治療で整復位維持困難・横骨折・肥満・病的骨折・偽関節などがある[1] ℹ アプローチ:近位1/3・中1/3の骨折には前外側進入法、遠位1/3の骨折には後方進入法が最も多く用いられる[1] ℹ 代替:順行性髄内釘(Antegrade nailing)— 病的骨折・分節骨折で特に有用。横骨折では骨片間の圧迫と回旋安定性を高めるために圧迫装置を使用する。順行性挿入は肩症状の発生率が高い[1] ℹ 代替:逆行性髄内釘(Retrograde nailing)— 技術的に困難で、医原性の上腕骨遠位端骨折の重大なリスクを伴う[1] ℹ 創外固定:広範囲の軟部組織損傷・骨欠損・重度の汚染・血管欠損・感染例などの初期治療に限って用いる[1]
治療選択アルゴリズム — 保存療法(ブレース)vs ORIF プレート vs 髄内釘
診断・評価
上腕の腫脹・内出血・変形・開放創を評価し、四肢全体の血管障害と神経障害を検討する。いかなる整復操作の前にも橈骨神経と後骨間神経の評価が不可欠である[1] 。
12-A3の診断ポイント
X線は互いに垂直な2方向で、アライメントと回旋を評価できるように肩と肘の関節を含む全長を撮影する。骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合はCTが役立つ[1] 。
X線正面像 — 上腕骨骨幹部横骨折パターン(中央1/3、骨折間隙あり)
骨折パターン比較 — 12-A1(螺旋)vs 12-A2(斜骨折)vs 12-A3(横骨折)
【必須】 肩と肘の関節を含む上腕骨全長の互いに垂直な2方向X線、整復操作前の橈骨神経・後骨間神経の評価[1]
✅ 許容される整復(保存療法の場合)
✓ 角状変形:前方凸変形<20°・内反変形<30°[1] ✓ 短縮:<3 cm[1] ✓ 回旋:<40°は機能的に十分許容される[1]
❌ 許容されない変形・状態
✕ 開放骨折(手術必須) ✕ 開放創に伴う橈骨神経麻痺(外傷性の神経損傷を高率に合併するため展開が必須)・続発性橈骨神経損傷[1] ✕ 整復後も骨片間の接触が得られない例(骨片間の接触がわずかな横骨折で偽関節が生じた)[3] ✕ 同側前腕骨折(フローティングエルボー — 必ず手術)
手術手技
体位
手術体位 — 仰臥位(前外側アプローチ)またはビーチチェア位(Cアームセットアップ)
仰臥位: 前外側進入法では仰臥位かビーチチェア位とし、理想的にはX線透過性の手術台を用いる。執刀医は患者の頭側、助手はその対側に座り、透視装置は手台の助手側から入れる[1] 。
ビーチチェア位(Beach Chair): 前方進入法や順行性髄内釘で用い、順行性髄内釘では胸部を約30°まで挙上する。後方進入法では腹臥位か側臥位とする[1] 。
ORIF 圧迫プレート固定(Compression Plating)
前外側アプローチ — 上腕骨骨幹部の展開(橈骨神経確認)
アプローチ: 前外側進入法では、皮切の遠位部で上腕筋を分割し、上腕筋の外側をバリアとして用いて橈骨神経を保護する。橈骨神経は外側の筋間中隔を通過し、プレート端の近くを走行していることがある。後方進入法では上腕三頭筋の長頭と外側頭の間を鈍的に分ける[1]
橈骨神経確認: 橈骨神経は骨幹部中央で橈骨神経溝の中を下行し、中1/3と遠位1/3の境界部で外側の筋間中隔を貫通する。この部分で神経は可動性に乏しく損傷を受けやすい。同定する場合は、ニューロプラキシーを回避するために展開や扱いを愛護的に行う[1]
整復: 注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復する。横骨折はプレートを用いると最もよい整復位が得られる[1]
プレート選択・設置: 上腕骨は回旋可動域が広いため長いプレート(8穴以上)を使用する。骨折部の上下それぞれでスクリューが皮質骨を6〜8か所で貫通(通常プレートの3〜4穴に相当) する固定を行う[1]
プレート設置と整復固定 — 動的圧迫ネジ(DCP法)による骨折端圧迫
圧迫固定: 可能な限り骨片間に圧迫をかける。プレートのスクリュー孔からラグスクリューを挿入するか、ダイナミックホールあるいは圧迫器具を用いて軸圧を加える。骨膜を剥離せず、橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないか直視で確認する[1]
スクリュー完成: 骨折部の上下それぞれで、スクリューが皮質骨を6〜8か所貫通するように挿入する(通常プレートの3〜4穴に相当)[1]
最終確認: 橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないかを直視で確認する[1]
⚠️ ORIF プレート固定 ピットフォール
✕ 橈骨神経損傷 — 後方進入法では橈骨神経の同定が鍵であり、三頭筋を丁寧に分割し、鈍的な展開と愛護的な触知で神経を同定する[1] ✕ プレート長の不足 — 上腕骨は回旋可動域が広いため、モーメントアームが長くなるよう8穴以上の長いプレートを使用する[1] ✕ 骨膜の剥離 — 骨膜の血流を温存するため、プレートは骨膜上に設置する[1] ✕ 対側皮質の骨折間隙 — 横骨折では過圧迫で反対側に離開が生じる場合がある。プレートを対側皮質に当て確認 ✕ 整復前の最終締め付け — 全スクリューを挿入してから段階的に締め直す
順行性髄内釘(Antegrade Nailing)— 代替術式
横骨折(12-A3)の髄内釘固定では、骨片間に圧迫を加え回旋安定性を高めるために特定の圧迫装置を使用する(縦方向に不安定な骨折には使えない)[1] 。
エントリーポイント: 肩峰のすぐ前方で三角筋線維を分けて上腕骨頭と大結節に到達し、大結節内側の溝部を理想的なエントリーポイントとする[1]
リーミング(必要時): ネイル挿入時に大きな抵抗がある場合は、エントリーポイントの拡大、リーマによる髄腔の拡大、細いネイルへの切り替えのいずれかを選ぶ[1]
ネイル挿入: 慎重に小刻みに回転させながら、ハンマーを使用せず 、骨折整復後に徒手的に骨折間隙を越えて挿入する[1]
骨片間の圧迫(横骨折): 横骨折や短斜骨折では、骨片間に圧迫を加え回旋安定性を高めるために特定の圧迫装置を使用する(縦方向に不安定な骨折には使えない)[1]
ロッキング: ネイルの安定性を高めるため、近位側と遠位側の両方でダブルロッキングを行う[1]
回旋確認: 回旋のずれがないことを確認する
術後管理
術後X線像(正面/側面)— 上腕骨骨幹部横骨折 ORIF プレート固定後
手術タイミング: 血管損傷を合併している症例以外で緊急手術の適応はほとんどなく、開放骨折は迅速に対応する[1]
術後荷重(上肢): 上腕骨のプレート固定や髄内釘挿入後は、状況が良好であれば制限なしで歩行補助具を使用できる[1]
VTE予防: 上肢骨折単独では一般的なVTE予防薬投与は不要。長期臥床・多発外傷・肥満・悪性腫瘍合併例では低分子ヘパリンを考慮
疼痛管理: アセトアミノフェン定期投与を基本とし、上腕神経ブロック(腋窩・鎖骨下アプローチ)を補助的に使用。NSAIDsは骨癒合への影響を考慮して短期使用にとどめる
リハビリテーション: 皮膚創が治癒するまでは自動介助運動で肘と肩の可動域を徐々に拡大し、その後自動運動を開始する。抵抗運動はX線像で架橋仮骨を確認してから開始する[1]
フォローアップ
術後2週: 創部確認・抜糸・X線撮影(アライメント・プレート位置確認)
術後6週: X線撮影(骨癒合初期の仮骨確認)・肩肘ROM評価
橈骨神経麻痺の経過観察: 診察や定期的な電気生理学的検査でフォローアップする[1]
術後6か月: 最終骨癒合確認。プレート抜去は原則不要(骨癒合確認後1年以上経過後に適応を検討)
予後
骨癒合率:プレート固定で92〜98%(600例の報告)[1]
骨癒合期間:約12〜16週(横骨折は螺旋骨折より遅延することがある)
保存療法(機能的装具療法)での偽関節率:6.3%(79例中5例)で、骨片間の接触がわずかな横骨折2例で偽関節が生じた[3]
橈骨神経麻痺の自然回復:95%以上(閉鎖骨折で受傷時から麻痺がある例は、一期的な神経探査の絶対適応ではない)[1]
感染:プレート固定(600例の報告)で1%未満[1]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(12-A3 = 上腕骨骨幹部の単純横骨折)[2] 2 部位を確認(近位1/3・中央1/3・遠位1/3) 3 整復操作の前に、橈骨神経と後骨間神経の損傷の有無を評価[1] 4 骨折間隙(gap)の大きさを評価(保存療法の適否判断) 5 同側前腕骨折の除外(フローティングエルボー) 6 術式選択の根拠を確認(ORIF プレート固定 vs 保存療法 vs IM 釘) 7 アプローチ選択と橈骨神経保護の計画(前外側 vs 後方) 8 プレート長が各骨折側で3穴以上確保できるか確認
文献
Buckley RE, Moran CG, Apivatthakakul T(編)(2018)AO Principles of Fracture Management(第3版). Thieme.(日本語版:AO法骨折治療 第3版、医学書院、2020) DOI: 10.1055/b-006-149767
Ekholm R, et al.(2006)Fractures of the shaft of the humerus: an epidemiological study of 401 fractures. J Bone Joint Surg Br, 88-B:1469–73. PMID: 17075092
Wallny T, et al.(1997)Functional treatment of humeral shaft fractures: indications and results. J Orthop Trauma, 11:283–7. PMID: 9258827
Denard A Jr, et al.(2010)Outcome of nonoperative vs. operative treatment of humeral shaft fractures: a retrospective study of 213 patients. Orthopedics, 33:doi:10.3928/01477447-20100625-13 .