上腕骨骨幹部に捻転力が加わることで生じる螺旋状の骨折線 を特徴とする単純骨折。AO分類12-A1(広い接触面をもつ単純螺旋骨折)に相当し、骨癒合が得やすい 骨折型である[6] 。一方で、骨幹部中1/3や遠位1/3の骨折では橈骨神経の損傷をきたす可能性があり 、橈骨神経損傷を合併することの多い遠位骨幹部螺旋骨折はHolstein–Lewis骨折と呼ばれる。保存療法(機能的装具)が最も広く受け入れられている治療であり、開放骨折・浮遊肘・血管損傷・続発性橈骨神経損傷などでは手術を選択する[1] 。
重症度・疫学
年間発生件数: 上腕骨骨幹部骨折の発生率は 14.5/100,000/年(16 歳以上・スウェーデン。高エネルギー外傷の少ない集団の値)。40 歳代以降で加齢とともに増え、80 歳代では約 60/100,000/年に達する[2]
好発: 青年期と高齢者に好発し、最近では高齢女性の発生が増加している。高齢女性では日常生活上での転倒による受傷が多く、骨粗鬆症を基盤とした骨折のひとつである[6]
受傷機転: 捻転力(投球・腕相撲などの自家筋力、転倒時の手・肘からの介達外力)。自家筋力による螺旋骨折は遠位1/3と中央1/3の移行部に集中し、開放骨折となることはごくまれである。上腕骨骨幹部骨折は直達外力によって生じることが多く、10%は開放性である[6]
注意すべき合併症
橈骨神経麻痺:上腕骨骨幹部骨折の 11.8%(系統的レビュー・4,517 骨折中 532 例)に合併し[7] 、報告により 3〜34% と幅がある[5] 。中央および中遠位 1/3 の骨折、螺旋骨折・横骨折で多い[7] 。初診時の手関節背屈・母指伸展を必ず確認
上腕動脈損傷:稀だが開放骨折や高エネルギー外傷で注意。合併すれば手術の絶対適応[5]
偽関節・遷延癒合:機能的装具による保存療法では約 2%(191 例中 4 例・170 例中 3 例)。骨折部位・軟部組織介入・患者因子による[5]
感染:プレート固定後の感染は閉鎖骨折で 1〜2%、開放骨折で 2〜5%[5]
肩関節機能障害:順行性髄内釘後の回旋腱板損傷・肩峰下インピンジメントに注意。肩の疼痛は無作為化試験のメタ解析で髄内釘 21%・プレート 1%、後ろ向き研究では順行性髄内釘後 5〜42% と報告される[5]
コンパートメント症候群:同側前腕骨折を合併した例(floating elbow)では前腕コンパートメント症候群の頻度が高く、多発外傷例でも除外を要する[5]
治療方針
上腕骨骨幹部螺旋骨折は保存療法(機能的上腕骨ブレース)が原則第一選択 。非荷重であること、血流が豊富であることなどから大部分が保存療法の適応であり、手術は重複骨折、血管損傷や重度の神経損傷(断裂など)の合併、多発損傷で早期に体位変換を要する場合などに適応がある[6] 。
⚠️ 保存療法(第一選択)の適応と条件
→ 初期:U字副子(ギプス副子)で固定し腫脹軽減後に機能的上腕骨ブレース(functional brace)へ移行 → 許容変形内(前弯・後弯 ≦20°、内外反 ≦30°、短縮 ≦3 cm)であれば機能的に問題になることは少ない[6] → 機能的装具での癒合までの期間は閉鎖骨折で平均 9.5 週、低度開放骨折で平均 14 週(追跡できた 620 例)。癒合の遅れが疑われるときは手術への変更を検討[5] → 閉鎖骨折に合併した橈骨神経麻痺は多くが手術なしで回復し、初期の橈骨神経麻痺を伴う閉鎖骨折も機能的装具の適応に含まれる。回復の始まりは平均 7 週(1〜25 週)で、神経機能の戻りが無ければ 8〜16 週以内の神経展開を勧める報告がある[8]
🔷 手術適応基準・術式選択
ℹ 高度の開放骨折、多発外傷[5] ℹ 許容範囲(3 cmの短縮、20°の前後屈曲、30°の左右屈曲)を超えそうな変形[6] ℹ 血管損傷の合併[6] ℹ 保存療法中の遷延癒合・偽関節(手術治療を考慮する)[1] ℹ 時間経過とともに悪化する橈骨神経麻痺(治療経過中に発生した麻痺の66%は保存的に回復するが、悪化する症例は手術療法に切り替える)[6] ℹ 第一選択術式:ラグスクリュー(3.5〜4.5 mm)+保護プレート(骨幹部螺旋骨折に最適)[5] ℹ 代替術式:順行性髄内釘(antegrade IM nailing)— 病的骨折・高度粉砕骨折・分節骨折。肩の障害を伴うことがある[8]
治療選択アルゴリズム — ブレース(第一選択)→ラグスクリュー+保護プレート→順行性IM釘
診断・評価
上腕に腫脹・内出血・変形を呈し、開放創は上腕後面や内側面にも生じうる。整復操作の前に、受傷時の神経損傷の有無について橈骨神経と後骨間神経を必ず評価する 。四肢全体の血管障害・神経障害も慎重に確認する[1] 。
12-A1の診断ポイント
X線は肩と肘の関節を含む上腕骨全長を互いに垂直な2方向で撮影し、骨折線の方向(螺旋)・部位(近位1/3・中央1/3・遠位1/3)を確認する。骨折が肩や肘の関節まで及ぶ場合はCTが役立つ。遠位骨幹部螺旋骨折(Holstein–Lewis骨折)は橈骨神経損傷を合併することが多い[1] 。
X線正面像 — 上腕骨骨幹部螺旋骨折パターン(中央1/3)
X線側面像 — 骨折線の方向と変位の程度
骨折パターン比較 — 12-A1(螺旋)vs 12-A2(斜骨折 ≥30°)vs 12-A3(横骨折)
【必須】 肘および肩関節を含めた上腕骨全長の2方向X線撮影、初診時の神経学的検索(橈骨神経機能)と脈管学的検索[6]
✅ 許容される整復(保存療法継続可能)
✓ 前弯・後弯(矢状面):≦20°[6] ✓ 内外反(冠状面):≦30°[6] ✓ 短縮:≦3 cm[6] ✓ 回旋:<40°[1] 。15°までを許容範囲とするレビューもある[8]
❌ 許容されない変形・状態
✕ 許容範囲(前方凸変形 20°、内反変形 30°、短縮 3 cm)を超える変形。整容上の著しい変形、主に内反と短縮は患者に受け入れられにくい[1] ✕ 同側の橈骨・尺骨骨折の合併(floating elbow)→ 手術の適応[8] ✕ 開放骨折 → 骨接合術の絶対的適応で、迅速に対応する[1] ✕ 時間経過とともに悪化する橈骨神経麻痺 → 手術療法に切り替える[6]
手術手技
体位
手術体位 — ビーチチェアポジション(順行性釘)またはラテラル/腹臥位(後方プレート)
ラグスクリュー+保護プレート(前外側アプローチ): 近位1/3や中1/3の骨折に用いる。仰臥位またはビーチチェア位とし、理想的にはX線透過性の手術台を用いる[1] 。
順行性髄内釘: 仰臥位または胸部を約30°挙上した半坐位(ビーチチェア位)とする。肩峰のすぐ前方で三角筋線維を分けて上腕骨頭と大結節に到達し、大結節内側の溝部をエントリーポイントとする[1] 。
ラグスクリュー+保護プレート(ORIF)— 第一選択(螺旋骨折)
前外側アプローチ — 橈骨神経の走行と保護
アプローチ: 前外側アプローチ(anterolateral approach)または後方アプローチ(posterior approach)。前外側では上腕筋の外側をバリアとして橈骨神経を保護し、後方では橈骨神経を同定する。橈骨神経は中1/3と遠位1/3の境界部で損傷を受けやすい[1]
整復: 軟部組織の損傷を最小限に抑えるよう愛護的に行う。注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復し、螺旋骨折では先端鋭の整復鉗子や締結ワイヤで整復位を維持する[1]
ラグスクリュー固定: 可能な限り骨片間に圧迫をかけることを目指し、望ましくはプレートのスクリュー孔からラグスクリューを挿入する[1]
プレート選択: ほとんどの患者には3.5 mm LCP、大柄な患者には4.5 mm DCPまたは4.5 mm LCPを用い、いずれも8穴以上のプレートを使用する[1]
ラグスクリュー留置とプレート固定の手順
プレート固定: 骨折部の上下それぞれで、スクリューが皮質骨を6〜8か所貫通する(通常プレートの3〜4穴に相当)ように固定する[1]
橈骨神経確認: 橈骨神経がプレートと骨の間に挟まれていないかを直視で確認する[1]
最終確認: 透視AP・側面でアライメント・スクリュー長・骨折整復を確認
⚠️ ラグスクリュー+保護プレート ピットフォール
✕ 橈骨神経損傷:プレート下に神経が挟まれないように注意する。橈骨神経を同定する場合は、ニューロプラキシーを避けるため展開・扱いを愛護的に行う[1] ✕ 整復位の保持:斜骨折・螺旋骨折では先端鋭の整復鉗子や締結ワイヤで整復位を維持する[1] ✕ プレートのコンタリング不足 → スクリュー締め付けで骨折が転位 ✕ 長さ・回旋の整復不良:プレート固定前に、注意深く牽引しながら上腕の長さ・アライメント・回旋を整復する[1]
順行性髄内釘(Antegrade IM Nailing)— 代替術式
エントリーポイント: 肩峰のすぐ前方で三角筋線維を分けて上腕骨頭と大結節に到達し、大結節内側の溝部を刺入点とする[1]
釘径・長さ: ネイル挿入前に径と長さを決めておく。術中の計測用にX線撮影用のものさしを手元に置く[1]
拡髄(必要時): 挿入時に大きな抵抗がある場合は、エントリーポイントの拡大、リーマによる髄腔の拡大、細いネイルへの切り替えのいずれかを選ぶ[1]
釘挿入: ハンマーを使わず、慎重に小刻みに回転させながら、骨折整復後に徒手的に骨折間隙を越えて挿入する[1]
近位ロッキング: 腋窩神経を損傷しないよう、皮膚に小切開を加えて骨まで鈍的に剥離し、保護用のカニューレを用いる。横止めスクリューは対側皮質から2mm以上突出させない[1]
遠位ロッキング: 近位側と遠位側の両方でダブルロッキングとし、ネイルの安定性を高める[1]
エンドキャップ: 挿入ハンドルを除去後、エンドキャップを軟骨面下に挿入し回旋腱板への突出を防ぐ
順行性髄内釘の遠位ロッキング(Perfect circle法・上腕動脈・正中神経の保護)
⚠️ 順行性髄内釘 ピットフォール
✕ 回旋アライメント不良:術後に20°以上の内旋変形が髄内釘群の27%(22例中6例)にみられ、プレート群では0%だった[8] ✕ 医原性骨折:髄内釘は透視下で監視しながら無理なく挿入する。大きな抵抗があれば、エントリーポイントの拡大・リーマによる髄腔の拡大・細いネイルへの切り替えを選ぶ[1] ✕ 遠位ロッキング時の上腕動脈・正中神経損傷:必ず鈍的剥離でアクセス ✕ 回旋腱板損傷:腱板を確認し、筋線維と平行に切開する[1] ✕ 肩峰下インピンジメント:順行性挿入では、骨折部の軟部組織の伸長による骨癒合障害、肩関節機能障害、肩峰下インピンジメントが短所として指摘されている[6]
術後管理
術後X線像(正面/側面)— ラグスクリュー+保護プレート固定後
手術タイミング: 血管損傷の合併・開放骨折は緊急手術。それ以外は緊急性が低く、待機手術の時期は全身状態と軟部組織の状態で決める[5]
術後荷重: プレート固定や髄内釘挿入後は、状況が良好であれば制限なしで歩行補助具を使用できる[1]
VTE予防: 下肢固定なし・早期離床可能であれば薬物的VTE予防は必須ではない。臥床を要する多発外傷患者には低分子ヘパリンを考慮
疼痛管理: アセトアミノフェンの定期投与を基本とする。NSAIDs は上腕骨骨幹部骨折で癒合の遅れ・偽関節との関連が報告されており、使用を控える[5]
リハビリテーション: 皮膚創が治癒するまでは自動介助運動で肘と肩の可動域を徐々に広げ、その後自動運動を開始する。抵抗運動はX線像で架橋仮骨を確認してから開始する[1]
フォローアップ
術後2週: 創部確認・スリング使用状況・橈骨神経機能の再評価
術後のX線: 架橋仮骨の形成を確認し、確認できてから上肢の抵抗運動を始める[1]
術後12週: X線撮影(骨癒合判定)。癒合が進まない場合は追加治療の要否を検討[5]
術後6か月: 最終骨癒合確認・機能評価。プレート抜去は必要なければ行わない(最低1年後・後方プレートは橈骨神経との関係記録が必須)
予後
骨癒合率:機能的装具による保存療法で閉鎖骨折 98%・低度開放骨折 94%、プレート固定では大規模報告の平均 96%[5]
骨癒合期間:約8〜14週(単純螺旋骨折)
橈骨神経麻痺の自然回復:保存的に経過を見た例の 70.7%(581 例中 411 例)が自然回復し、手術例を含めた最終回復率は 88.1%(1,045 例中 921 例)[7]
偽関節:機能的装具による保存療法で約 2%、プレート固定で 6%(83 例中 5 例)、髄内釘で 11%(73 例中 8 例)[5]
肩関節機能障害(IM釘後):肩の疼痛は無作為化試験のメタ解析で 21%(プレート 1%)、後ろ向き研究では 5〜42%(回旋腱板損傷・インピンジメント)[5]
感染:プレート固定後で閉鎖骨折 1〜2%、開放骨折 2〜5%[5]
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(12-A1 = 上腕骨骨幹部螺旋骨折・単純型) 2 部位を確認(近位1/3・中央1/3・遠位1/3)— 遠位1/3の螺旋骨折(Holstein-Lewis骨折)は橈骨神経麻痺の頻度が22%と、他の骨折型の8%より高い[8] 3 橈骨神経機能を評価・記録:いかなる整復操作の前にも、受傷時の橈骨神経・後骨間神経の損傷の有無を評価する[1] 4 上腕動脈の拍動・末梢循環を確認 5 開放骨折の有無(Gustilo分類)を確認 6 保存療法か手術かの適応判断と根拠を記録 7 手術の場合:術式(ラグスクリュー+保護プレート vs 順行性IM釘)と理由を記録 8 術後橈骨神経機能の再評価を計画(術前麻痺の有無を問わず)
文献
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