手根骨で最も頻度の高い骨折[1] 。橈骨遠位に隣接する舟状骨は近位手根列と遠位手根列を橋渡しし、手関節の力学的要衝となる[1] 。骨折の約3分の2は腰部(waist)に生じ[1] 、近位極(proximal pole)は血行の解剖学的特性から偽関節・阻血性壊死(AVN)の高リスク部位となる[4] 。
AO/OTA 2018分類では手(領域7)のうち舟状骨に骨番号「72」が割り当てられる[2] 。舟状骨は手根骨であり本質的に関節内の骨であるため、長管骨の関節外/部分/完全関節内ロジックは適用されず、本記事では細分グループ番号を用いず近位極/腰部/遠位極の部位記述で示す。臨床では骨折の不安定性を基準とした Herbert分類 が広く用いられ[1] 、安定型(A1/A2)は保存療法、不安定型(B1-B5)は内固定が選択される治療とされる[4] (ただしこの基準を機械的に適用すると過剰治療になりうるとの指摘もある[1] )。癒合過程の異常は、遷延癒合(delayed union)を C 型、確立した偽関節を D 型(D1 線維性/D2 硬化性)として区別する[4] [6] 。
重症度・疫学
発生率: 約29〜43件/10万人・年[1] 。全骨折の約2%、手骨折の約11%、手根骨骨折の約60% を占め手根骨骨折で最多[1] (全骨折の2.9%・手根骨損傷の69%とする英国の集計もある[4] )。
好発: 若年男性(15〜25歳)に多い[1] 。スポーツ・転倒に関連[1] [4] 。
受傷機転: 手を伸ばした状態での転倒(fall onto outstretched hand, FOOSH)による手関節過伸展[1] 。
部位分布: 腰部(waist)約3分の2、遠位1/3 約25%、近位1/3 約5〜10%[1] (部位の区切り方で報告は異なり、腰部65%・近位極26%・結節部/遠位関節面9%とする成書もある[4] )。腰部骨折の多く(60〜85%)は非転位性[1] 。
分類上の位置づけ: AO/OTA 2018=72(舟状骨)[2] 。本記事では細分グループ番号を用いず、近位極/腰部/遠位極の部位記述で示す。舟状骨は全体が手関節内にあり表面の80%以上が関節軟骨に覆われる骨で[4] 、長管骨の関節外/部分/完全関節内ロジックは適用されない。
注意すべき合併症
偽関節(nonunion):近位極骨折・転位例・診断遅延で高率[4] (近位極骨折を保存療法とした場合の偽関節率は非転位で10〜14%、転位で最大50%との報告がある[1] )
阻血性壊死(AVN):近位極に好発。舟状骨は血流が遠位から近位へ逆行性に供給されるため近位骨片が阻血に陥りやすい[4]
見逃し骨折(occult fracture):初診時単純X線陰性例(単純X線感度は最大約70%[1] )
SNAC wrist(scaphoid nonunion advanced collapse):偽関節の長期放置による手関節変形性関節症[1] [5]
内固定関連合併症:スクリュー突出・感染・瘢痕など、非転位・微小転位の腰部骨折の内固定で最大約30%との報告がある[1]
血行の解剖(近位極リスクの根拠)
🩸 逆行性血流という弱点
→ 舟状骨の主要血流(骨内血流の70〜80%)は橈骨動脈背側手根枝から背側稜(dorsal ridge) を通じて流入し、近位極への唯一の血流となる[1] → 血流が遠位から近位へ逆行性 に走るため、近位極は最も血流の乏しい領域となる(腰部より近位には血管の流入が無いか1本のみとする研究がある)[4] → 近位極骨折では近位骨片の血流の一時的な途絶はほぼ必発で、腰部・近位1/3の骨折では骨癒合によってのみ血流が戻る。偽関節・AVNの一因となるが、安定化すれば近位極も血流が戻り癒合しうる[4]
治療方針
非転位・微小転位(≤0.5mm)の腰部骨折は保存療法で良好に癒合する[1] (この転位量による区分は Herbert 分類の型とは対応せず、Herbert 分類では結節部骨折を除く両皮質の骨折はすべて不安定型とされる[1] )。中等度転位(0.5〜1.5mm)の腰部骨折は8〜10週の延長固定で保存療法も可能だが、転位 ≥1.5mm は内固定が推奨される[1] 。近位極骨折[4] や、不安定所見(粉砕・DISI・lateral intrascaphoid angle >35°・月状骨周囲損傷に伴う舟状骨骨折)を伴う骨折[1] も偽関節リスクが高く手術(内固定)を考慮する。
✅ 保存療法が第一選択となる条件
✓ 非転位または微小転位(≤0.5mm)の腰部骨折[1] (活動性の低い患者ではギプス固定、若く活動性の高い患者の多くには経皮的スクリュー固定を勧める成書もある[4] ) ✓ 遠位極骨折(血行良好で癒合しやすい)[1] ✓ 結節部骨折(tubercle, Herbert A1)[4] [1]
🔷 手術適応基準
ℹ 転位 ≥1.5mm の腰部骨折[1] (遠位骨折は高度転位例で手術を考慮[1] ) ℹ 近位極骨折(proximal pole)— 骨片が小さく不安定で血行も乏しいため原則内固定[1] [4] (CTで真に非転位かつ不安定所見が無く、高エネルギー外傷によらないものに限り8〜10週の保存も選択肢[1] ) ℹ 不安定所見(粉砕、DISI変形、lateral intra-scaphoid angle >35°、月状骨周囲損傷に伴う舟状骨骨折)を伴う骨折[1] ℹ 経舟状骨月状骨周囲脱臼骨折(transscaphoid perilunate、Herbert B4)[4] [1] ℹ 遷延癒合(Herbert C)/偽関節(Herbert D:D1線維性・D2硬化性)— 内固定±骨移植[3] [4] (整列が保たれ硬化・骨吸収の乏しい安定型偽関節は経皮的スクリュー固定のみで良好との報告もあり、硬化・骨欠損・変形を伴う偽関節では骨移植を併用[4] ) ℹ 早期社会復帰・スポーツ復帰を要する非転位例(相対適応:復帰が数週早まり[1] 、癒合も4〜5週早いとの RCT がある[4] 。内固定の合併症は最大30%[1] )
固定材料には 無頭圧迫スクリュー(headless compression screw) が用いられ(成書の著者らは可変ピッチの無頭圧迫スクリューを好む[4] 。二重ねじの舟状骨用スクリューは Herbert らが考案した[3] )、舟状骨長軸中央に沿って刺入し骨片間に圧迫を加える[4] 。
治療選択アルゴリズム — 骨折部位(腰部/近位極/遠位)と転位・安定性に基づく方針決定フロー
診断・評価
受傷後、手関節橈側の運動時痛・腫脹を呈する[5] [4] 。腫脹・疼痛が軽いこともあり[4] 、外観上の特徴も少なく、初期症状から骨折と判断しにくいため捻挫と誤診されやすい[7] 。
🔍 舟状骨骨折を疑う3徴(臨床テスト)[1]
→ 解剖学的嗅ぎタバコ入れ(anatomical snuffbox)の圧痛[1] → 舟状骨結節(scaphoid tubercle)の圧痛[1] [4] → 母指軸圧痛(axial thumb compression / longitudinal compression)— 3テストのうち診断能は最も低いとされる[1]
3テストはいずれも単独では感度100%と高い一方、特異度は低く、3つすべて陽性で特異度は74%に上がる[1] (受傷後24時間以内の評価での値[4] )。臨床的に疑わしければ単純X線陰性でも骨折ありとして初期固定する のが原則[1] [4] 。
X線 舟状骨4方向撮影(PA・側面・回内斜位・尺屈PA/Stecher view)
CT(矢状断・冠状断)— 転位・humpback変形・癒合評価
MRI — 単純X線陰性の潜在骨折・骨挫傷・近位極血行評価
【必須】 手関節・舟状骨4方向単純X線(握りこぶしのPA〔尺屈位PA=Stecher view〕、側面、回外斜位、回内斜位)[4] [1]
【推奨】 CT(舟状骨長軸に沿った矢状断・冠状断再構成)— 単純X線で骨折が明らかで転位・不安定性が疑われる例、および近位極骨折で行う[1] 。骨折型・転位量(ギャップ・段差)・intrascaphoid angle・粉砕の評価に有用で、癒合の評価にも最も信頼できる[1] 。MRI が使えない場合の潜在骨折の診断にも用いる(感度93〜95%)[1]
MRI — 単純X線陰性かつ臨床的に骨折を疑う潜在骨折(occult fracture)の確定に有用(感度99〜100%、受傷後3〜5日以内の施行を推奨)[1] 。骨挫傷との区別が難しく偽陽性がありうる[1] 。偽関節例では近位極のAVNの評価にも用いる[4]
⚠️ 見逃し回避のポイント
✕ 単純X線の感度は最大約70%[1] 。陰性でも骨折を否定できない ✕ 疑い症例は初期固定のうえ、受傷後3〜5日以内にMRI(推奨)またはCTで確定[1] 。MRIが使えなければ10〜14日後に再X線[4] ✕ humpback変形(屈曲変形、intrascaphoid angle)と月状骨の背屈(DISI)を側面像・CTで評価[4] [1]
整復・許容変形の基準
✅ 許容される整復
✓ 骨片間の転位 <1mm、SL角 ≤60°(転位骨折を徒手整復・ギプスで治療する場合の許容整復として記載)[4] ✓ humpback変形(lateral intrascaphoid angle)が是正されていること(>35°の残存は癒合しても関節症が増える)[4] ✓ スクリューが舟状骨長軸中央(central)に設置されていること[4] ✓ 近位極・遠位極の軟骨下骨を穿破しないスクリュー長[4] [1]
❌ 許容されない変形・設置
✕ 1mm 以上の転位・段差の残存(原典では 1mm を超える段差を転位骨折と定義する)[4] ✕ humpback変形(屈曲短縮)の遺残(変形癒合では関節症が約2倍)[4] ✕ スクリューの偏心設置(AP・側面の両方で中央設置が求められる)[4] ✕ スクリューの関節面穿破(軟骨損傷)[1] [4]
手術手技
体位・アプローチの選択
アプローチ選択 — 掌側(腰部・遠位)と背側(近位極)の皮切と展開
🔷 アプローチ選択の原則
ℹ 掌側(volar)アプローチ: 腰部(waist)・遠位骨折[1] 。舟状骨結節側から長軸にスクリューを通す(中央軸を得るため骨膜起子で舟状骨をてこ上げすることがある)[1] 。背側アプローチで必要な手関節屈曲は humpback 変形の整復を妨げるため、掌側が有利[1] ℹ 背側(dorsal)アプローチ: 近位極(proximal pole)骨折。遠位からの刺入では近位骨片をねじ山で確実に捉えにくいため背側が推奨される[1] 。伸筋腱・神経損傷を避けるため小切開(mini-open)で行う[1] [4]
経皮的スクリュー固定(非転位・微小転位例)
適応: 非転位または微小転位の腰部骨折(Herbert A2/B2で転位軽微)[4] 。低侵襲で、保存療法より癒合が4〜5週早く、仕事・スポーツへの復帰も早い[4] 。中等度転位(0.5〜1.5mm)の腰部骨折で手術を選ぶ場合も経皮的逆行性固定が勧められる[1] 。
術中透視像 — ガイドワイヤー中央刺入・スクリュー長計測・圧迫確認
体位・整復: 透視下に手関節を伸展・尺屈し、長軸方向の牽引で軽度の転位を整復する[4] [1] 。掌側(腰部)または背側(近位極)から進入点を決定。
ガイドワイヤー刺入: 舟状骨長軸中央 に沿ってガイドワイヤーを刺入。PA・側面・斜位の多方向透視で中央設置を確認する[4] 。
スクリュー長計測: 測定用ワイヤーで長さを計測し、両極の軟骨下骨を穿破しないよう 実測より約3〜5mm短い スクリューを選択(約3mm[4] 、4〜5mm[1] )。
無頭圧迫スクリュー挿入: 必要に応じてドリリング後(セルフドリリング型もある)、headless compression screw(Herbert screw等)を挿入し骨片間に圧迫を加える[4] 。
固定確認: 多方向透視(正面・側面・回外斜位・回内斜位)でスクリュー中央設置・関節面非穿破・圧迫良好を確認[4] 。
⚠️ 経皮固定 ピットフォール
✕ ガイドワイヤーの偏心刺入(中央設置が得られない)/不安定骨折でのスクリュー挿入時の回旋(2本目のワイヤーで防ぐ)[4] ✕ スクリュー過長による関節面穿破[1] ✕ humpback変形を残したままの固定[4] ✕ 近位極例で掌側から入れると近位骨片をスクリュー先端のねじ山で捉えにくく、手関節伸展位で骨片が転位しやすい(背側アプローチを検討)[1]
観血的整復固定(転位例・近位極・粉砕)
適応: 転位 ≥1.5mm・角状変形の腰部骨折(とくに非観血的に整復できない例)、転位のある近位極骨折、humpback変形、粉砕例[1] [4] 。
展開: 腰部・遠位は掌側、近位極は背側にアプローチ[1] 。関節包・靱帯を温存しつつ骨折部を展開し、閉創時は掌側橈骨手根靱帯/背側関節包を修復する[1] [4] 。
整復: ギャップ・段差・humpback変形を是正し、Kワイヤーで仮固定[4] 。
中央スクリュー設置: 長軸中央にガイドワイヤーを通し、無頭圧迫スクリューで圧迫固定[4] 。
骨欠損・粉砕への対応: 粉砕による humpback 変形には骨移植を要する[4] 。移植骨は橈骨遠位(海綿骨)または腸骨から採る(偽関節での記載)[4] 。急性の近位極骨折への骨移植の追加には一致した見解が無い[1] 。
最終確認: 透視で整復位・スクリュー設置・圧迫を確認。
⚠️ 観血固定 ピットフォール
✕ 近位極の小骨片に太いスクリューを用いると骨片が割れる(1.7〜1.9mm の小径スクリュー、最小の骨片では0.8〜0.9mm の K-ワイヤを検討)[1] ✕ 掌側展開で結節部橈側から入る血行を剥離してしまう[1] ✕ 背側展開での近位極残存血行(背側稜からの血管)の温存不足→AVN助長[1] [4] ✕ 粉砕例で短縮・humpback変形を残した固定(粉砕による humpback 変形には骨移植を要する)[4]
術後管理
術後X線・CT — 整復位・スクリュー中央設置・癒合の確認
外固定期間(保存療法):
非転位・微小転位(≤0.5mm)腰部:母指を固定しない前腕ギプス(short arm cast)で約6週。6週時の CT で判定すると約90%が癒合している[1] 。母指 MP 関節まで含めて6〜8週固定するとする成書もある[5] 。
遠位骨折:約4〜6週(結節部の裂離骨折は4週)[1] 。
中等度転位(0.5〜1.5mm)の腰部(保存例):8〜10週の固定を要する[1] 。近位極骨折を保存する場合(CTで真に非転位かつ不安定所見が無く、高エネルギー外傷によらないものに限る)も8〜10週[1] 。
術後(内固定後): 安定固定が得られれば外固定は通常不要[4] (約4週の外固定で十分とする成書もある[5] )。経皮的固定例では、非接触スポーツは直後から、接触スポーツ・重量物・手をつく荷重は術後6週から[4] 。重労働への復帰は、CTでの癒合(骨梁架橋 >50%)と臨床所見の確認後とする(保存療法を含めた基準)[1] 。手に衝撃が加わるスポーツへの復帰は術後2ヵ月とする成書もある[5] 。
癒合評価: CT(舟状骨長軸に沿った冠状断・矢状断再構成)が最も信頼性が高い[1] 。骨梁架橋 >50% を癒合の目安とする[1] 。6週で50%未満でも転位増大・骨折線の硬化・嚢胞などの不良所見が無ければ4週単位で固定を延長し、12〜14週で癒合が疑わしければ内固定への切り替えを勧める[1] 。
回旋・変形チェック: 母指・手関節の可動域、humpback変形の遺残、握力を経過観察。舟状骨の屈曲短縮変形(humpback)は、骨が癒合しても DISI と手関節症の原因となるため整復位維持を重視する[4] 。
リハビリテーション: 固定解除後、手関節・母指の可動域訓練と段階的握力強化。理学療法士・作業療法士と連携。
フォローアップ
術後/受傷後2週: 創部・固定確認、腫脹評価
受傷後6週(保存例): CT で癒合を評価し、骨梁架橋50%未満でも不良所見が無ければ4週単位で固定延長[1]
術後/受傷後3ヶ月: 可動域・握力評価。疼痛が明らかに軽減せず、CTで骨梁架橋が不確かなら3〜6ヶ月後のCT再検を考慮[1]
ギプス除去後6週、以後は転帰が定まるまで3ヶ月ごと(保存例): 臨床・X線評価(偽関節・AVN・SNAC wrist徴候)[4]
予後
非転位・微小転位(≤0.5mm)の腰部骨折は適切な保存療法で約90%が6週で癒合する[1] 。一方、近位極骨折・転位例・診断遅延例は偽関節・AVNのリスクが高い [4] 。適切な治療での癒合率は腰部80〜90%に対し近位極60〜70%とされ[4] 、近位極骨折の保存療法での偽関節率は非転位例10〜14%・転位例で最大50%と報告される[1] 。放置例ではSNAC wristへ進行しうる[1] 。
📋 上級医報告前チェックリスト
1 AO分類コードを確認(AO/OTA 2018=72 舟状骨。本記事は細分グループ番号を用いず部位記述で示す) 2 Herbert分類を確認(安定 A1/A2、不安定 B1-B5、遷延癒合 C/偽関節 D〔D1線維性・D2硬化性〕)。治療方針は分類だけでなく転位量(腰部 ≥1.5mmで内固定)と部位(近位極は原則内固定)で決める[1] 3 骨折部位を確認(腰部/近位極/遠位 — 近位極は血行不良でAVN・偽関節高リスク) 4 転位量を確認(≥1.5mmで手術適応、humpback変形の有無) 5 画像評価を確認(単純X線4方向、疑い例はMRI/CT。X線感度は最大約70%) 6 手術方針を確認(腰部・遠位=掌側、近位極=背側、headless compression screwの中央設置) 7 注意すべき合併症を把握(偽関節・AVN・見逃し骨折・SNAC wrist)
文献
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